NA/NBロードスター「幌(ほろ)」の特徴

NA/NBロードスター「幌(ほろ)」の特徴

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初代NAから4代目NDまでロードスターの幌は【クラス世界一の性能】を目標にしています。それまでのオープンカー(特に旧ライトウェイトスポーツカー)における幌は雨漏りが当たり前で、バスタオル持参が「風情である」とされていました。「武士は食わねど高楊枝」ではないですが、日本の高温多湿な環境でオープンカーが一般化しなかった原因の一つでもあります。

もちろん、NAロードスターがデビューしたときも「雨漏り」は真っ先に懸念されました。しかし、そんなオープンカーの伝統を覆すほどロードスターシリーズの幌は完成度が高く、以降に登場した他社製オープンカーのベンチマークになっていきました。(※実際に同じメーカー(東洋シート工業)が開発協力をおこなったりしています)


ちなみに、NAロードスターにおける幌でも開発当初は「オープン状態のデザインを重視して、屋根が閉まればよろしい」くらいの指示だったのですが、「自分が欲しいクルマを作る!」というエンジニアの執念により、既成概念を覆す様々な工夫が考案されていきました。

NAロードスターの「幌」における特徴


まずはNAロードスターの「幌」における完成度の高さを紐解いていきます。

幌は普通自動車でいえばルーフ(屋根)に当たるもの。なお、実は固定ルーフの方が(補強も含めて)パーツ点数が少ないので軽量化しやすかったりします。そこで耐候性や軽量化はもちろんのこと、積雪強度基準や側面強度も普通車の仕様要件と同じく「30kgの荷重でも変形しない」ことを目標にしました。そこで採用されたのが【フレーム構造】の幌です。

ヘッダー部は鉄板、ルーフ部は積雪強度に耐えられるパイプ材、シール部分にはウェザーストリップを取り付けるための薄板の鉄板を採用。これらを8節のリンク構造で組み上げています。幌を畳むと構造剤はリアデッキ内に収まるので、トランクスペースを無駄にすることもありません。


気軽に取り扱え、かつ軽い操作力を演出するため、開閉には運転席から手動操作可能なロックレバー(Aピラー頂点の、左右トップロック)を採用しています。いちおう片手で開閉できるようになっていますが、着座したまま閉めようとすると普段使わない筋肉を使って事故を起こす可能性があるので、丁寧に扱うことをお勧めします・・・


世界一を目指した、雨漏り対策

オープンカーの弱点イメージが強い雨漏り対策も抜かりはありません。幌を閉じれば、走行状態だけでなく雨天で放置しても「一滴の雨水も漏らさない」という世界一の耐候性を目標にしています。結果、普通車と同じく完成車のホーステスト(大量の水をかぶせる)も難なくクリア出来る完成度を持っています。

幌材となるトップクロスは劣化しない「質感」を求めてドイツのサプライヤーを採用しました。理由は単純で、最も寒い国(北欧)で乗られているオープンカー(ゴルフカブリオレ)と同じ素材を使用することで実績と信頼性を確保したのです。その素材は綿織布(基布)とPVC(表面)の二重構造で、約1mmの厚さになっています。PVCレザーは耐久性があり汚れに強く、水や中性洗剤で簡易に洗浄できるなど、ユーザーのメンテナンス性の高さにも貢献しています。

後方視界を確保するためのバックスクリーンは、軽量化と透明度(&コスト)を担保するためポリ塩化ビニールを採用しています。こちらも信頼性を確保するため、当時世界一とうたわれたスイスやイタリアなど欧州由来の素材を採用しました。余談ですが、ビニールスクリーンの曇りは車外ではなく、車内を磨くことで解消できることがあります。

余談ですが、レストアプログラムで復刻されたNAロードスターの幌(現在廃版)は、ドイツ製の生地が環境規制に対応できずに生産終了となっており、同じ質感を再現するために北米製の素材を採用していました。


シール構造も特徴的なものになっています。オープンカーの雨漏り対策は「Aピラー上端」の作りこみが一番難しいとされています。ピラー、ソフトトップ、サイドウインドウと複合的に交わる部分であり、さらにドアの開閉もあれば「水」の進入方向がばらばらになってしまうからです。つまり、この部分の設計が最も苦労したそうで・・・


量産車ではこの3箇所の集中する部分に樋(とい)を設け、浸水・流水をコントロールしています。


また、リアデッキ部分はベルトラインの内側、リアフェンダー内にレインレールを設けて左右のショルダー部分に水の流れを集中させて下に抜けていく構造になっています。

オープンはもちろん、クローズでも美しいデザイン


幌の格納において、NAロードスターは当時とても珍しかった「キャビン内」に幌が畳まれる特徴を持っていました。従来のオープンカーのように結合部の無骨なラインが表面に出ない結果、世界でもまれに見る美しいオープンスタイルが実現しました。幌を畳むとベルトラインにすっぽり収まり、美しいボディラインが映えるのです。

なお、バックウィンドをジッパー式でセパレートできるのは、折りたたんだ時に幌の厚さを最小限にするための処置でした。一応、ジッパーを外さなくても幌を畳むことは出来ますが、寒い日などにリアスクリーンがパックリ割れます(経験しました・・・)。当時はバックスクリーンのみの交換もディーラーで対応してもらえました。


また、クローズ時にも軽快感をそこなわないために張りを持たせることで、幌自体の持つ美しいプロポーションも確保しています。諸々の事情によりリアセクション(バンパー部分)を3センチ伸ばしたとされるNAロードスターですが、テールが長く見えることから「幌を閉じた」方がプロポーションとしてはベストバランスになっています。


初期型では付属品だったソフトトップカバー(トノカバー)にもこだわりがあります。装着時にはシワなくピッと張れる、そんなフラット感を出すためにレザー素材で作られており、走行時のバタつきをなくすためにハードトップ装着時には「シール」となるベルトラインモールに噛ませる構造となっています。また、内装側は取付けを簡単にするためホック(ボタン構造)にしています。

もちろんソフトトップカバーを装着しなくとも、幌を格納した状態でも構造材のメカニカルな美しさがあることも付記しておきます。

バリエーションを見越した生産性


ロードスターはデミオなどと同じ混流生産ラインで組みたてられるので、組立工数やパーツの簡素化も必要でした。

当初はこの工程のコスト超過が大きな課題となっていたのですが、それを突破したのがレインレールまで含めた一体構造でした。実は、それ以前のマツダ製オープンカーといえばRX-7カブリオレ(FC3C)で、その電動ソフトトップのパーツはクラス相応のかなり丁寧な扱いになっていました。

製造途中でアイロンをかける、シワがよらないように開いたままで運ぶ・・・などの要件を潰していき、別工程で組まれた状態をアッセンブリー装着できるようにすることで、大幅なコスト減に繋げました。これは幌に限らずパッケージマット(内装)、ベルトラインモール(ブーツ装着部兼ハードトップシール部)も別工程で組むことで、今後のバリエーション展開に対応できるように準備されました。


もちろん経年劣化も想定内であり、(当初は5年を見越していたとか)パーツ単位で容易に幌交換が出来るようにしてありました。こういったオープンカーの不安要素を高いレベルで解消していたことも、NAロードスターがヒットした要因と言えるのではないでしょうか。

NBロードスターの「幌」における進化


大ヒットしたNAロードスターのDNAを引き継いで諸々がアップデートされたNBロードスター。

NBロードスターの「幌」における基本構造はNAと近しく、実際にNAロードスターへアッセンブリー装着ができることも大きな特徴です。リアビューのビニールスクリーンには風情もありますが、NB幌の特徴であるガラスウインドウによる視界確保はさまざまな面でメリットになります。


NAの幌はそれまでのオープンカーではなしえなかった完成度を誇りましたが、ネガティブな点がなかった訳ではありません。特に目立ったのは、ポリ塩化ビニール製だったリアスクリーンは紫外線による経年劣化(茶色く曇る)が起こることと、寒い時に割れてしまうという欠点がありました。そこで、劣化防止と視界確保を兼ねてリアスクリーンはガラス製に変更されたのです。


ガラスウインドウは(NA時代からハードトップ用に配線してあった)熱線プリント式のリアデフォッガーを流用し、悪天候時の視界確保も大幅に改善されました。また、スクリーンまわりのファスナー機構を廃止することで幌の開閉操作がより簡単になりました。なお、NBロードスター前期型のみの構造として、幌を畳むとデフォッガー配線が自動オフになるスイッチング機能がありました。


実は、リアスクリーンの重量はガラスの採用で重くなっています。しかし、開閉機構のリファインやリンクの小径化により、幌全体では1.3kg軽量化することに成功しました。

さらなる雨漏り対策

シール性能に関して、水漏れが発生しやすいウェザーストリップ形状をさらにリファインしました。特に、樋(とい)は形状変更されて水量の容量アップに繋げています。


また、リンクとトップクロスの合わせ面にリンクシールを追加、ウェザーストリップ自体の大型化とともに、パーツ同士の継ぎ目は斜めにカットして、わざと「段差」を付けることでシール性を高めました。密度が増したことは、高速走行時の幌のバタつきを低減させる効果にも繋がっています。


レインレール自体の素材もNBロードスター後期型からアップデートされ、それまでは再利用がほぼ不可能だった(外すとバキバキ割れる・・・)硬い素材から、柔軟性のある素材に変更されました。

質感の大幅な向上


幌布の構造材は、基本的にはNAロードスターと同じくPVC(塩化ビニール樹脂)のものを採用しています。幌を畳むとベルトラインの下に奇麗に収まるのも同じであり、NAと同じく美しいオープンプロポーションを保ちます。


また、クローズの際にはリアガラスの重みによる幌の撓み(たわみ)解消のため、Cピラーにあたる内装部分にベルトが装着されています。NB幌は外からよく見ると、そこにぴんと張ったラインがあるのがわかるはずです。余談ですが、NAの幌骨のままNB幌を取り付ける際はこの部分の処理がポイントになってきます。


2003年以降のマイナーチェンジモデル、NB3からはVSグレードを中心にアクリル繊維のクロス生地(きじ)を選択することも可能になりました。これはアクリロニトリルを主原材料にした合成繊維で、PVCビニールとは違った「布っぽい」質感がポイントです。いわゆる「クロス幌」とよばれるものです。


この生地は表地と裏地の間にラバー層が存在する三重構造であり、一見すると布のようにサラッとした素材に見えますが、水が染み込むことはありません。また、寒暖差による縮みが少なく、寒い日でもすぐに幌を開けることができることも特徴です。(※ビニール幌は冷間時に固まって畳みきれないことがある)


NAロードスターのオリジナルなビニール幌にも味はありますが、質感の良さだけでも「純正クロス幌」の完成度は一見の価値があります。機会があればぜひチェックしてみてください。

NB幌にも欠点がある


もちろん、全てが完璧にアップデートされたわけではありません。

従来のリアスクリーン周りにあったファスナーが廃止されたことで、NAロードスターの「味」とされていたスクリーンだけを畳む「NA開け」ができなくなったことや、オープン時にガラスウインドウが場所をとるためにロールバーの取付け・デザインの自由度が若干減りました。NA/NBロードスターは共通パーツが多いですが「NB用」というパーツでなければ干渉してしまい、装着不能になります。


また、ガラスウインドウは脱落防止のために生産段階で前後から樹脂でガッチリ圧着されています。黒い幌であれば目立ちませんが、明るい色の幌だと「黒枠」が目立ってしまうのが微妙だったりします。また、夏場の炎天下など過酷な環境や経年劣化により、接着面が剥がれてここからガラスウインドウが落ちてしまう被害も多々あります・・・


ちなみに2020年前後から、NB純正パーツのクロス幌における「黒枠」は廃止されているようです。モデル終了後に純正パーツがアップデートされるのは珍しいですよね・・・また、2024年現在でレストアプログラムで提供されたNAビニール幌だけでなく、NBビニール幌も廃版になっているようですが、クロス幌はまだ生産してもらえるようです。ただし、感染症対策による流通混乱もあったことから、要望が多ければ後日解消されるかもしれません。

開けても閉めてもカッコいい、ロードスター

NBロードスター幌の特徴をまとめると、下記のようになります。なお、あまり語られることがありませんが・・・乱暴な操作を気にしないならNBロードスターの幌は車内から(おそらく)世界一早い時間でオープンにすることが可能です。

①より簡単になった幌の開閉
②後方視界の確保
③軽量化

ちなみに、オープンカーは一般的に「ロードスター」や「カブリオレ」と呼ばれ、どちらも馬車時代からの名残で残っている呼び名ですが、明確な違いがあります。


「カブリオレ」は屋根を開けることが出来る馬車。つまり、普段は閉じている屋根が、いざとなったら「開けることができる」もの。


「ロードスター」は屋根をいざとなったら「閉めることができる」軽馬車。つまりデフォルトは「空いている状態」です。


「空いている状態」が当たり前のロードスターにおいて、雨天時に幌を閉じていると「傘のなか」に包まれているような、天井からボタボタ雨の音が聞こえてきます。まさにオープンカーに乗っている実感ができる瞬間ですが、これは考えてみると凄いことで・・・雨の日も安心してオープンカーに乗れるのが、マツダのロードスターの開拓した新たな世界だったのです。

そんなロードスターの幌は、メイドインジャパン・クオリティでウィークポイントの解消だけでなく、ライトウェイトスポーツの哲学(軽さ、コスト)とデザインに踏み込んだエンジニアの意欲作であり、その魂は現行型にも引き継がれています。そう、「開けても閉めてもカッコいい」のがマツダロードスターです!

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