【NB20th】目標値ありきを自覚せよ(H-2)

【NB20th】目標値ありきを自覚せよ(H-2)

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NB20周年インタビューもラストスパート。今回も貴島イズムをご紹介します。

「クルマはただの工業機械ではない」とは、マツダは魂動(こどう)デザインを発表する前から発信していたメーカーでした。その信念を言葉にしたものが「Zoom-Zoom」であり「Be a Driver」であり、そして「人馬一体」です。

このような「クルマ作りの哲学」を、ロードスターのエピソードを交えながらご紹介します。
以下、貴島さんインタビュー再開です。

参考:貴島孝雄氏プロフィール
→ https://mx-5nb.com/2019/12/29/kijima2017-0/

価値は顧客が判断する


「ポルシェはとてもいいクルマです。でも、10倍の値段です」では、誰も買うことはできない。だからこそ、一定の価格で満足してもらえるものが重要になる。顧客の給料や資産を我々が決めることは出来ないから、販売価格なんてものは一概に決められない。

その顧客が200万円しか出せないとして、より安くするならいいけれど、210万円にした途端に見向きもされなくなる。ロードスターを200万円で販売すると決めたら、200万円で満足する性能を達成しなければならない。

セブン(RX-7)だったら250馬力でパワーウェイトレシオを5kg/psに設定するならば、車重は1,250kgあたりにしなければならなくて、最高に頑張っても1,300kgになってしまったら商品にならない。

「目標値」は自分たちで決定できるものではなく、購買層やフォローをしてくれている潜在顧客をリサーチしないと決まらない。だからこそ、ポルシェのフィールドではなく、200万円で戦うクルマのフィールドに「求められる性能」を達成する。

企業としては利潤も必要だからコストも目標値になる。販売価格200万円で100万円を利益にするならば、100万円のコストが目標値となる。できる、できないではなくて、やり切れないなら、その商売は辞めなければいけない。

二律背反を乗り越えろ


技術屋は、二律背反を乗り越えることが「勝ち」に繋がる。NA以前の日本では、オープンカーの良さを知らない人が多かった。なぜなら、市場で販売していなかったから誰も乗ったことがないし、レストアしたライトウェイトの旧車に触れる人は一握りなので、そもそも触れる機会がなかった。オープンカーなんて高嶺の花と思われていた時代だった。

つまり、ロードスターはこれを「安く販売する」ことで価値を得た。

最も大事なことは、二律背反を乗り越えようとするアイディアだ。ブレイクスルーする方向へたどり着くために、普段から一流品を見たり、やじ馬でもいいから興味を持ったりと、自分の経験を常にチャージしておくことが重要と私は考えている。

誰も他人の頭の中を覗くことはできないから、アイディアはなるべく口に出してチーム共有する。ディスカッションする事によって、相手も自分で考えたような錯覚を持てるのが「GVE(グループバリューエンジニアリング)」という手法になる。

課題の討議を重ねると、誰もがベースアイデアを自分で考えたと錯覚してくるし、最後にまとめた人間が起案したようなことになる。正しくまとめないと「俺がやったと」全員が言いだすが、それが大事だったりする。自分のチャージと他人のチャージは違うから、一緒くたになることで一つのアイディアに持っていくことが出来る。ただし利害が絡むこともあるから、そこだけは注意しなければならない。 

自社の技術を熟知し、バリューキャプチャーを怠るな


価値を獲得することを「バリューキャプチャー」という。「革新や変革」という言葉のみでは自社の良さを消して、むしろ駄目にすることがある。事実として、マツダは三輪トラックや商業車で稼いできた歴史があった。ロードスターのB型エンジンが過走行な30万kmであっても壊れないのは、実はトラックの技術にまで遡る。つまり、こういった事が企業存続の礎になっている。

ロータリー技術はロマンだから継ぐことが大事だけど、ソロバンでは駄目だった。このバリューキャプチャーを正しく理解して「チャレンジした」という伝統を引き継がなければならない。会社の持っている財産を維持し、過去のものを見きわめ、いかに価値を見出していくか。ソロバンの損は解消しなければいけない。


信頼性のあるトラック用エンジンはスポーツカーに向かないかもしれないけれど、「信頼」という価値があった。過去を知らずに良いものを無くしてしまうのは論外で、ロードスターの「人馬一体」を古いとみて、別のものに変えるとなれば危険なことになる。今が革新的なので、より奇抜にした方がいいなんてやると、本当の良さをなくしていく。

これに気づいたのはポルシェ911だ。一時は928も一緒に抱えていたけれど、ポルシェも結局一度は捨てた911を戻して、それで会社を立て直した。それぞれの企業でバリューキャプチャーは何なのか。続けてきたからこそ出来た価値がそこにある。

当たり前のことを「苦労」とはいわない


私は技術的に甘い事をやっていれば、誰でも叱咤する。

技術的に駄目なものは答えがキチッと出る。例えば応力が高いものは耐久性が持つわけがないし、軽いという「言葉」をいってきても計測では数値が出るので、それで重かったら性能は発揮されない。確認せずイメージだけで「だいたい大丈夫」とか、そんな馬鹿な発言をしてはいけない。

数字で表せないものは技術ではない。2mmのクリアランスがあるから大丈夫といっても、バラつきをどう考えているのか。現実的に、100mmの長さで切削するとしても、バンドソーやグラインダーなどある中で、99.5で削れているのもあれば、101mmの物もある。計測と違わずに切れる人間なんてほぼいない。

つまり、どのような物でも全てのものに公差がある前提で計算をする必要がある。「ぶつかるので作り直します」などならないよう、学び、継承していくことが大切なのだ。


たまに「あれは失敗作ですか」なんて聞かれるけど、私は失敗をさせない。失敗とは世の中に出ていないクルマであり、販売できたクルマは失敗にあたらない。つまり、技術的に成り立っているからだ。そんなエンジニアがやる当たり前のことを「苦労」といわない。

主査として承認を得るための、人を動かすマネジメントの苦労はあれども、技術を確立させるのは当たり前のことだった。

だからこそ、50:50の重量配分で、軽くて、安価で、性能がいいモノを作ることは苦労ではない。重量配分のためにバッテリーを後ろに積むのはアイディアだし、それをいかに実現させるかがエンジニアに任された仕事だ。大変だからやめますなんて、技術屋なら絶対にいえない。

補足:

「商業的な失敗」と「技術的な失敗」は別物ということで、貴島さん自身が関わった企画には、実際に日の目を見なかったクルマ(トラック)があったそうです。有名なのは、当時の国土交通省から認可が下りなかったキャロルロータリーでしょうか。

一方、一部で揶揄されるクロノス兄弟やAZ-1は市販されたわけですから、失敗作という表現は一概にできません。現在は相場が一周回って、逆にプレミアが付いているのも皮肉な話ですが。

また、パワーではVTECエンジンにはかなわないとしながらも、愛すべき「B型」エンジンはトラック時代に培った信頼がベースにあったと聞くと、少しくらいのオイル漏れでもガンガン走れる丈夫さが、その価値だったのですね。

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