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今回はNBロードスターに続いて、貴島さんが3代目ロードスターの主査をされていた際のエピソードをご紹介します。
自動車の開発はおおよそ4年かかるそうですが、2005年発表の3代目NCロードスターをそれで逆算すると、2000年前後・・・つまりNB後期が現役だった時代に開発はスタートしていたことになります。つまり、ロードスターの進化におけるNBとNCは、ある意味ワンセットなのです。
その辺りを踏まえて、どのような背景があったのか。以下より貴島さんインタビュー再開です。
参考:貴島孝雄氏プロフィール
→ https://mx-5nb.com/2019/12/29/kijima2017-0/
RX-8とNCロードスター
開発上流には「商品企画部門」があるけれど、台数が見込めないスポーツカーの足周りをRX-8専用にするのではなく、ロードスターも一緒にすることと、NCデビューの頃にはRX-8の販売台数が倍増して量産効果があるという予測を持って、「コストのバランスを取る」というプランが立てられていた。
この前提をキャリアクロスというのだが、その点においてRX-8とNCは同じ足を使う必要があった。私がNCの主査になった時には既にそのプランが走っていて、その段階で出来ていたNCは販売されたものよりも100kgは重い、総重量は1200kg以上とセブンのようなロードスターだった。
3代目はRX-8のしがらみがなかったら、あれ以上軽いクルマが出来ていた。私は1トンを切る自信があったけれど、「このしがらみはロードスターではない」と最初は主査を断った。フォード主導ではあったけれど、エイトのホイールベースを縮めてロードスターが作れると考えること自体がおかしい。その片棒を担いだマツダの人間が「その通りだ」とプランを持ってきたのも気に入らなかった。
でも、そうでもしないとRX-8は作らせないとされていた。フォード出向者としては、月間3,000台少々のクルマのために、ふたつのプラットフォームを持つ「コストのかかるマネジメント」を指摘されるのが嫌だったのかと思う。
だからNCは、【RX-8と生産ラインを同じにする】ことでコストダウンを行った。最近のものは全部NC制御(※数値制御加工機械)でやっているから、寸法をコンピュータで変更できる。アルミアームもサイズ変更や切削が可能で、実際のNCパーツそのものは、エイトと似て非なるもので、互換性ゼロ・・・同じものは一つも採用しなかった。
互換性のためにRX-8の強度でロードスターを作るのは、1,300kgのクルマと1,100kgのクルマの強度を合わせることになり全く無駄になる。従って、作るパーツは全て最適なサイズに変えたし、生産ライン、加工機械は同じでも出来上がるものは別にした。
材料を減らすだけでは、軽量化に繋がらない
ロードスターはRSでもだいたい240万円で売るから、コストの観点からも270万円のエイトと同じものにはできない。ラッキーだったのはディメンジョン(寸法)で、ロードスターでは取りようもないサイズにできた。本来であれば5ナンバーで作っているけれど、繰り返すがNCはRX-8のしがらみで3ナンバーにせざるを得なかった。
これを幸いにしているのがNDで、同じく3ナンバーのトレッドを採用している。NDはしがらみがないから自由にやっているけれど、逆にいえばNCがいたからNDの諸元も決定できたのだと思う。
また、NCの足周りをアルミで軽量化するというのは贅沢な事だった。ロードスターだけでアルミ化をするなんて反対意見が出るけれど、エイトが採用していたから使わざるを得なかった。ボディ設計も軽量化のために高張力鋼板を採用して頑張ってくれたし、MZRエンジンもBPエンジンより軽くできた。
NCの重量は、特にタイヤとホイールが影響をしている。
ロードスター用に専用ブレーキを試作したのだけれど、結局は15インチホイールを履く事ができなかった。もともとRX-8用の、17インチ以上を履く足周りのベースと加工ラインを一緒にするから制限が生まれてしまう。パーツを「細く」は出来るけれど、「幅を縮める」や「ディスクを小さくする」ということが出来なかった。それだと専用の加工ラインになってしまうからだ。
材料が減らしたからといって、軽量化や安くなるなんていう要素は、実は少ない。軽さを得る「形状を作る」ことにコストをかけないと軽くはならないのだ。素材をアルミにしたら半分くらいの重量にすることは可能だけれど、実際の軽量化は知恵の出しあいになる。
行き詰まりアイディアがないなんていうのは、残念ながら技術屋が務まらない。コストにしても性能にしても、よそでやっているモノよりも、良いモノを発想しなければならない。
中牟田氏(※)と苦労したタイヤハウスも、19インチが履けるアーチになっている。タイヤの外径に対して角度を調整して、えぐれている部分も縮めてもらったのだけれど、問題は地上高だった。地上高はサスペンションに影響するので、18インチが履けるサスは取り付け部分がより上になる。インチダウンをするとサスペンション全体が下がってしまうし、最低地上高も下がり、アーム角度にも影響がでる。
基本ディメンジョンを先に決められてしまった弊害で、このセッティングには苦労した。
フォードも理解してくれた
アメリカ人の自動車に対する考え方、スポーツカーの考え方は昔から何も変わっていないけれど、フォードが敵であったかというとそんな事はない。彼らは大衆車の大量生産に成功した歴史を持っているし、より速く走りたいというのは人間であれば当然の本能になる。
要は、ロードスターという商品の路線、方向性の問題で相違があった。ロードスターは日本車としての「感性」、つまり「楽しさ」を発信するものなので、パワーは必要ないと我々は説き続けた。パワーがなくてもロードスターの楽しさは作ることが出来るからだ。
説得を続けることで、マッチョにしてパワーを上げたら売れるというのは、少なくともロードスターの道ではないことが、やっと分かってもらえた。NAロードスターがヒットした理由はJDパワーの客観評価(品質評価)やウィークリーデータ(販売台数)を解析すれば、彼らも流石に理解できるからだ。
彼らは、ロードスターのような「パワーのないクルマ」がファーストカーになるとは、そもそも一切思っていなかった。だからこそ、ハイパワーなクルマをロードスターで達成する必要がないと判断してくれた。
反面、どうしてもパワーが欲しいという「軸」は最後までブレなかった。ある時フォード本体からV6を乗せたロードスターを作りたいから車体を送って欲しいと依頼があった。
そのままではエンジンが搭載できないからボンネットを膨らませて、それが完成したとデトロイトから招集があった。いざそれを運転してみると、こんなクルマ乗れるか!ってくらいのフロントヘビーで「どアンダー」な代物だった。
それは理論的にも当たり前のことなので、正直いって海外のエンジニアもたいした事ないと感じてしまった。念願の大排気量エンジンを積むことで、ロードスターがより楽しくなるという当てが外れたことで、マツダに出向していた者も本音ではやりたいと思っていたかも知れないが、彼らからもあり得ないという評価が下った。
「ロードスター」のエンジン特性
ロータリーの搭載をチャレンジしたものもあった。ロータリーは軽いから、50:50の配分バランスを崩さずにパワーを出すことができたけれど、全然楽しいクルマにはならなかった。
ロードスターの「楽しさ」は踏み込んでもコントロールができる範囲のエンジンで、それを上まで回して使い切るアフォーダブル感(手軽さ)にある。
ロータリーは伸びるから、高速コーナーで不安定になるところをアクセルで加減しながらコントロールする。それはロードスターの役割ではなく、タイヤを太く、ディメンジョンを広くして、セブンのような楽しさを求めていくべきものになる。
S2000がNCと同じ2リッターエンジンで向こうの方にパワーがあっても、そもそもエンジン特性が違う。フリーウェイの中間加速域で、250馬力と公称170馬力のエンジンが同時に3速の立ち上げをすると、ロードスターが伸びるところでもS2000はもたもたする。
普通の人は見ていないかも知れないが、トルクバンドと車速をみれば、そういうセットをしてあることが分かる。向こうはシフトダウンして踏み込まないと走らないし、加速の度にシフトダウンするのが楽しいならS2000を買えばいい。
一方、貴島さんのエンジン評価は「ホンダさんにはかなわない」とおっしゃっていて、ロータリーも含め極端なスペックのエンジンがロードスターのキャラクターにはマッチしなかったという話になります。
また、NBの主査時代はトワイライトブルーのNB1、NC主査から現在はメトロポリタングレーのNC2を愛車にしており、「自分の手掛けたクルマだから」と大切にされているのも印象的でした。
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