この記事を読むのに必要な時間は約18分です。

1989 TOYOTA MR2 G-Limited(AW11)
クルマにとってベストコンディションではなかった令和の真夏(灼熱地獄)、幸運なことに日本の自動車史における「生きた伝説」の一台といえるクルマのステアリングを握る機会を得ました。1989年式トヨタ「MR2(AW11)」。日本初の「市販ミッドシップ」としてセンセーショナルに登場した、かのライトウェイトスポーツカー(メーカー公称:スポーティコミューター/スポーティーパーソナルカー)です。
貸してくださったオーナー氏は、2代目MR2(SW20)も所有されている生粋のMRラヴァー。そんな方が大切にされているAW11、それも「じゃじゃ馬」と名高いスーパーチャージャーモデルではなく、名機「4A-G」を積んだ自然吸気(NA)モデルです。
初代MR2はロードスターともそれなりに関係があります。かのNAは企画段階でセクレタリーカーの「仮想敵(ベンチマーク)」としてMR2を見据えていたのです。そんなジャパニーズLWSの大先輩がどんなクルマだったのか、NB乗りの視点からレビューをさせていただきます。
| TOYOTA MR2 G-Limited(AW11) :1989[V型(後期型)] | ||||
| 車格: | クーペ・スポーツ・スペシャリティ | 乗車定員: | 2名 | |
| 全長×全幅×全高: | 3,950×1,665×1,250mm | 重量: | 1,020kg | |
| ホイールベース: | 2,320mm | トランスミッション: | 5MT | |
| ブレーキ: | ベンチレーテッドディスク/ディスク | タイヤ: | 185/60/R14 | |
| エンジン型式: | 4A-GLU | 種類: | 直列4気筒DOHC16バルブ | |
| 出力: | 120ps(88kW)/6,600rpm | 燃費(10・15モード) | 12.2km/l | |
| トルク: | 14.5kg・m/5,200rpm | 燃料 | 無鉛レギュラーガソリン | |
コクピットは「1984年の未来」

乗り込む前にざっと外観を眺めます。直線と平面で構成されたロー&ワイドで楔(くさび)形のフォルムは、まるで「折り紙細工」というか、ポリゴンっぽい印象をうけました。そのレトロカッコいい姿は今の世には懐かしく、そして珍しい・・・想定内ではありましたが、駐車場で振り返る方(とくにおじさん)が多くいました。ボディカラーはV型(最終型88年~89年)に設定されていたグレーメタリック【167】で、未来的なデザインを引き立てます。

後部にエンジンなのでフロントは自由度のあるデザインにできたそうです。そこで、ボディフォルムは日本の伝統美、日本刀の反り(意図的な曲げではなく、内部に蓄えられたエネルギーのため自然に造られるカーブ)のような、緊張感ある美しさを狙っているとのこと。一方で、営業サイドからは国内初のミッドシップカーとして失敗ができないため、快適性、乗降性、居住空間や収納スペースの確保が求められたとか。その結果が若干高い印象のあるルーフへ繋がっています。

リアセクションは特徴的です。コーダトロンカ(リアエンドを垂直に近い角度でスパッと切り落としたデザイン)を活かしたパネル形状に配されたライト群、エンジンルームを回り込むトンネルバック(フライングバットレス)のCピラー、エグゾーストインシュレーター(マフラーのタイコ隠し)など、一目でミッドシップらしさが分かるデザインです。マッドフラップに描かれた「MR2」のロゴが一周回っておしゃれ!余談ですが、FRP製のウイングスポイラーは前期型では成型技術が追いつかず、木製だったそうです。

薄目なドアを開けシートに身を滑り込ませると、まず驚くのはキャビンの広さでした。5ナンバーサイズのコンパクトな外観とは裏腹に、リアシートがないだけの普通車(むしろ広く感じる)といっても差支えはありません。
慣性モーメント低減のためにガソリンタンクはセンタートンネル貴下に縦長に配置されてるそうですが、左右にセパレートされたキャビンを持っても、かなり広く感じました。特にヘッドクリアランスは後継車の2代目MR2(SW20)の方がタイトでした。
そして、目の前に広がるコンソールはまさにコクピット。ドライバーを包み込むように配置されたインパネやスイッチ類が、昭和SF映画を彷彿とさせます。ただ、正直メーターパネルは見づらくて、機能性(視認性)よりもデザインに振った潔さを感じました。面白いのがリトラクタブルヘッドライトのスイッチに「洗車モード」が備わっていたこと。こういったロマン機能は、この時代のクルマの魅力といえるでしょう。

意外だったのは、純正シートの座高が高めだったこと。視線を上げるとフロントノーズがスッパリ落とされ、Aピラーも細いからなのか、かなり広い視界が確保されていました。ただし、2シーターなので座面は若干しか倒せませんし、ヘッドレストの蛇腹(じゃばら)デザインに時代を感じますが、シートの出来は悪くなく、腰のサポートも程よくありました。
あえて揚げ足を取るならば、パワーウインドーのスイッチ挙動に違和感を感じたり、シートベルトにテンションがかからないためホールド感が皆無だったことでしょうか(事故の際はテンショナーが働く)。この辺りは時代の流れで洗練されていったのでしょう。
そうはいっても年式で約35年前、基本仕様は約40年以上前のクルマです。メンテされて元気に動くだけでも奇跡ですし、一番心配をしていた酷暑のなかでもエアコンが効いたことに安心しました。なお、この時代特有のエアコン稼働時のパワーロスは思ったより感じませんでした(踏めばOK)。
噂の心臓、背中の4A-G

ペダルの感覚を確認すると・・・クラッチ、アクセル、ブレーキともにインフォメーションが重い!これはクルマの挙動におけるダイレクト感に深く繋がるポイントになりますが、近代のクルマに慣れた身にとしては「当時はこれでよかったんだ・・・」と、驚きました。シフトレバーにカッチリ感はなく、むしろ「くにゃっ」と入るタイプであり、1速、2速は渋めでした。これはミッドシップ特有のワイヤーリンケージに由来するものかもしれませんし、個体差かもしれないので、何ともいえませんね。
駐車場から出るため、エンジンに火を入れてステアリングを切り込むと・・・やはり重い。ミッドシップがマニュアルステアリング(重ステ)であることは「お約束」ですし、速度が乗れば当然軽くなりますが・・・慣れないうちは、普通の交差点でも「よっこいしょ」と腕力が必要になります。
ここまで文句ばかり書いておりますが、そんな「重さ」や「渋さ」も、MR2の味と捉えれば何も問題なく、80年代スポーツカーの苦労を味わうと考えれば、むしろご褒美といえるでしょう。また、そんな労力を一瞬で吹き飛ばす「快感」がこのクルマにはありました。それは背中から聞こえてくるエンジン音と、スロットルレスポンスです。

テンロクエンジン名機とされる4A-Gはタコメーターの軽い吹け上がりとともに、私の背中、まさに耳の真後ろで「クォン!ブォン!」と官能的な吸排気音を炸裂させてきました。ダイレクトに脳幹を揺さぶってくるのはずるいですよね。
踏めば踏んだだけの回転に比例して、トルクと速度に伴って「音」が伸びていく。このフィーリングこそがNA(自然吸気)エンジンの醍醐味といえるでしょう。同じ排気量のロードスター(B6エンジン)も悪くはありませんが、ノーマルでもこんなにビンビン回るエンジンは、少し羨ましく感じました。

気がつけばただ無意味にアクセルを踏みたくなり、音を楽しむために加速とシフトダウンを繰り返していました。逆に、このリニアで扱いやすいパワー感を体験してしまうと、当時支持されたモアパワーなSC(スーパーチャージャー)モデルに乗る勇気が湧きませんでした。これ以上パワーがあったら、確実に危ないでしょう・・・
日常シーンでのユーティリティ

街乗りレベルでは何も不満は感じず、むしろミッドシップである意味あるのかな?なんて思うくらい、普通に運転ができました。量産ミッドシップということで、ベースとなった兄弟車(カローラFX)にあわせて「バックするカローラ」なんて表現があったそうですが、扱いやすさという点では言い得て妙な表現だと思いました。鍵を借りて10分も走れば、「分かった気」になれる懐の深さがありましたので・・・

ンジンルームを覗くとヘッドカバーに造形されている「TOYOTA」ロゴが逆側(内向き)になっていることからも、カローラベースである片鱗を感じることが出来ます。なお、SC(スーパーチャージャー)モデルではリファインされヘッドカバーの方向が直っているそうです。

キャビン寄りのエンジンルームに対して隔壁を挟み、外側にはラゲッジルーム(トランク)が設置されていました。深さと幅がありますので、買い物袋くらいは普通に入る空間になります。ただし、エンジンとマフラーの熱がダイレクトに伝わってくるので、ナマモノを運ぶには配慮が必要かもしれません。また、日常使いのシーンでは座席後方にも結構なスペースがあるので、思うほど不便ではなさそうです。

フロントフードの下はラゲッジスペースではなく、スペアタイヤが鎮座しています。重量物を中心の奥に低く配置するこだわりは、メカには手を抜かない(フュエルタンクのセンタートンネルレイアウトも含め)トヨタエンジニアの意地を感じました。お世辞にも荷物を入れるようには見えず、洗車グッズくらいなら行けるかな・・・

また、この時代のクルマにはインナーフェンダーがなく、針金でバンパーを釣っています。軽量化といえば理にかなった構造ですが、これでいいんだ・・・なんて思いました(ちなみにNAロードスターも同じ構造になっています)。
なお、当時の立ち位置としては同じ心臓(4A-G)を持つカローラFXやAE86よりもひとクラス上の存在で、スペシャリティ(MR2?高いのにすげぇ!)な存在だったと、私の先輩は語っておりました。きびきび走るカッコいいクーペとして支持されていたんですね。
ミッドシップの現実

ここからは数段ギアをあげて、スポーツ走行の領域の話を書きます。ちなみに、ミッドシップのステレオタイプなイメージはトラクションがよく、回頭性が高く、加速力がある。その一方でピーキー(スピンしやすい)といったものではないでしょうか。
しかし、今回のスポーツ走行における印象は「かなりの安定志向」でした。表現を変えればアンダーステアが強めで、(もちろんお借りしたクルマで限界域を探る無茶はしていませんが)ノーズがスッと入るわりには思ったよりも曲がらないシーンが多くありました。そこで改めて検証をおこなうと・・・
ロードスターのようなFR車は、軽い車体、前後重量配分、後輪駆動のバランスがもたらすコーナリングが持ち味とされています。対してMR2はマニュアルステアリング(重ステ)を制するために「よっこいしょ」と、より「回し込む」感覚が要求されました。つまり、パワステに馴染んでいるリズムが確実に遅れを生んで、さらにFR駆動の癖が抜けなかったため適切な操舵タイミングを逃していたのか?
仮説② 踏み切れなかった
ミッドシップはアクセルオフでタックイン(オーバーステア)が出やすいとされています。逆にいえば「アクセルで曲げる」タイプのクルマなので、アンダーが出そうになったらもっとアクセルを踏み込み、リアに荷重をかけて旋回すべきだったのか?
仮説③ 絶対的な安定志向だった
クルマの素性を考えると、日本で初めて出した「市販ミッドシップ」が、MRのセオリー通り「スパン!」と曲がり、アクセルオフで「クルッ!」とスピンするじゃじゃ馬だったらとしたら・・・MRは危険だとレッテルを貼られたかもしれない。だからこそトヨタはあえて(普通に乗ったらアンダーと感じるほどに)フロントのグリップを確保し、リアの安定性を高めたのか?
逆に、意図的な安定志向のセッティングだったにもかかわらず、SC(スーパーチャージャー)モデルが「じゃじゃ馬」とされたのは、シャシーがパワーに負けた結果だったのか?

仮説ばかりではありますが、そもそも1日しか借りていないなかでクルマの全てを知ることは素人には不可能で、結論としては私の腕がヘボかったことが主たる原因でしょう。ともあれ、どんな領域でもスピンモードにはせず、アクセルを抜く方向に誘導する「破綻させない」ための強い意志を感じました。
ロードスターがクルマの中心を軸にして「コマ」のようにひらりと回るのであれば、MR2ははドライバーの尻(シート)を軸に「コンパス」のようにグイッと回る感覚とでもいいますが・・・そのグイッ!を最も感じるのがトラクションをかけるシーンなので、これがある意味でミッドシップらしい挙動かな・・・なんて感じました。
高速領域にて

今回のクルマにおける足回りはダンパーのレストモッドや(NewSRスペシャル)インチアップもされていたので、シーンによっては若干ごつごつした乗り心地ではありましたが、その分剛性感は高いと感じました。普段ゆるゆるなオープンカーに乗っているので当たり前かもしれませんけどね。
加えてサイズに見合わぬホイールベースの恩恵より※1直進安定性も高く、高速道路はビシッと安定していました(余談ですが、MRでショートホイールベースのAZ-1は怖くて直線で踏みこめない)。重ステであることも、ステアリングセンターをしっかり把握でき、それも安心に繋がりました。

一方、空力性能は熟成途上だったのか、速度が90kmに達したあたりから、Aピラー近辺で凄まじい風切り音(カザキリ音)が車内に響き渡りました。窓を開ければ風の流れが変わって、その音は消えるんですけどね・・・また、メーター読みで110km(※)に達すると、「キンコン、キンコン」と速度警告チャイムが鳴り響き、昭和にタイムスリップする気分を味わえました。
※1 MR2(AW11)のホイールベースは2,320㎜。NA/NBロードスターのホイールベースは2,265mm(-55mm)。なお、2代目(SW20)は2,400㎜、3代目(ZZW30)は2,450㎜)。
※2 普通車で時速100km(または105km/h)、軽自動車で時速80km(または85km/h)前後を超えると鳴る、速度超過を警告する音(速度警告音・速度警告装置)で、昭和の国産車に義務付けられていましたが、1986年に義務化が廃止。なお、現在の高速道路は一部区間では時速120kmまで引き上げられている。
比較検証、MR三兄弟

幸いなことに、私はトヨタMR兄弟の自然吸気モデルを体験しています。そこで、この初代MR2の印象を重ねてみると・・・

vs SW20(2代目 MR2)
SW20(G-Limited)は、ある意味バブル時代の贅を活かした「GTカー」でした。滑らかな3S-GEエンジン、ストイックかつスポーティな内装、そして重厚な乗り味。AW11と比較すると、SW20は何もかもがスムーズで、静かで、パワフル。
一方で、AW11にあった「プリミティブな楽しさ」は、その重厚さの奥に隠れていたのも事実。AW11がゴーカートなら、SW20はグランツーリスモ。もちろんターボモデルであれば印象は違っているでしょうが、大人のスポーツカーとしてずっと所有したい艶っぽさがありました。

vs ZZW30(MR-S(3代目MR2))
今回の最大の「気づき」でしたが、MR-Sはエンジン特性が近しいからなのか、明らかに2代目よりも初代AWのマインドを継いだ乗り味でした。MR-Sはライトウェイト・ミッドシップというAW11の原点に、オープンエアという魅力を加えたモデルで、どちらも「軽い車体」と「必要十分なNAエンジン」の組み合わせでし。
もちろんMR-Sの方が、何もかもが「洗練」されています。(シーケンシャル仕様も含め)シフトの小気味よさやステアリングの正確さ、そしてオープンエアの開放感。ただし、クルマのプリミティブな楽しさ・・・というか、野生っぽさ?不良っぽさ?は初代MR2の方が一枚上手でした。これはレギュレーションがおおらかだった4A-Gのサウンド、重ステとの格闘、昭和の不便益、近代スポーツカーが失った荒々しさこそが、AW11が持つ魅力と思えました。
でも、個人的にはNBロードスターのライバルかつ、不名誉な時代もあったのでMR-S良いんですよねぇ・・・大好きです!

初代MR2(AW11)に対して、トヨタは決してスポーツカーと呼ばず、一貫して「スポーティコミューター」の立ち位置を崩しませんでした。その背景には、「MR2(Midship Runabout 2-seater(ミッドシップ・ランナバウト・2シーター))」という名称にも込められています。
ここに含まれるランナバウト(Runabout)は「走り回る、気軽な」といった意味合いであり、あくまで小型の日常車であることを強調していました。それを体現したのが、今回の自然吸気モデルであったならば、コンセプトは成功だったのでしょう。毎日楽しく扱えるクルマであっただろうし、限界域を乗りこなす楽しみも持っている。なによりも時代相応のスタイリングには味があるし、ミッドシップというだけでロマンメカですからね。
しかし、逆にミッドシップという特別なレイアウトであるが故と、当時の日本市場はパワー至上主義であったことから、結果SC(スーパーチャージャー)モデルの方が普及し、事実2代目はモアパワーの道を歩むことになりました。

実際、「使い切れるパワー」を良しとする風潮が一般化したのは近年(特にリーマンショック後)であり、世代としてはトヨタ86やNDロードスターあたりといえるでしょう。そう考えるとこの自然吸気モデルは「知る人ぞ知る」乗り味であり、特に初代MR2は時代を先取りしすぎたのでしょう。ごちゃごちゃ書きましたが、今となっては80年代のスポーツカーは存在するだけで正義なので、有無を言わさずオーナーシップを満たしてくれる存在であることは間違いありません。

なお、近い未来にMR2は「GR」ブランドのハイパフォーマンスカーとして復活するそうですが、今のトヨタが初代のようなスポーティコミューター(ライトウェイトスポーツ)を育てる姿も見てみたいものです。FRのGRコペンもいいけれど、ミッドシップのクルマはロマンの塊ですからね!【昔は良かった】というのは老害発言であることは承知ですが、そういってもバチは当たらないくらいの魅力がAW11にはありました。
最後に、素晴らしい体験をさせてくれたオーナー氏と、35年間を生き抜いてきたAW11に、心からのリスペクトをいたします。このコンディションを維持し、そして乗りこなす楽しみを味わってください!

関連情報→