国産最後の5ナンバーFR ロードスタークーペ(NB7)

国産最後の5ナンバーFR ロードスタークーペ(NB7)

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ロードスターの「クーペ化」という、オープンカーの存在意義を揺るがしかねない禁断の夢。前回は、初代NAロードスターの開発段階から存在していたコンセプトモデルの歴史を追いました。そして今回は、その夢が14年の時を経て現実のものとなった、市販版「ロードスタークーペ(NB型ベース)」をご紹介します。

このクルマは、単に「ロードスターに屋根を付けただけ」の派生モデルではありません。生産効率を度外視した職人の手作業によって生み出され、そして不慮の事故によってわずか179台でその生涯を閉じた、悲運の傑作です。またNBロードスターには1型~4型(NB1~NB4)といった世代がありますが、クーペは4型をベースに700,000番台の車台番号(NB7)が設定されました。


さらにこのクルマは、日本自動車史における一つの大きな区切りとなる「国産最後の5ナンバーFRクーペ」という称号を背負っています。オープンカーの骨格にルーフを架装するという技術的挑戦に満ちた、この美しくも切ない「歴史のひとコマ」を紐解いていきましょう。

国産最後の5ナンバーFRクーペ


1988 Nissan SILVIA

日本の公道を走るクルマには、すべからく「ナンバープレート」が装着されています。

その上部3桁の数字は、クルマのサイズと排気量を示すレギュレーション(規格)です。例えば5ナンバー(小型乗用車)は、「全長4700mm以下、全幅1700mm以下、全高2000mm以下」かつ「排気量2000cc以下」という厳格な規定があり、これを1mmでも、1ccでも超えれば3ナンバー(普通乗用車)に区分されます。

かつて、自動車税がナンバー区分で大きく違っていた時代、日本の自動車メーカーはこの「5ナンバー枠」に収めるために、パッケージングの限界に挑み数々の名車(AE86やシルビアなど)を生み出してきました。5ナンバーとは日本の道路事情における「軽量・コンパクト」の象徴であり、エントリースポーツカーの絶対的なレギュレーションといえるものでした。

道幅の狭い日本の峠道やワインディングにおいて、車幅1700mm以下のコンパクトFR車がどれほど手の内に収まる快感をもたらすか、エンスージアストであれば誰もが知るところでしょう。


2002 MAZDA RS Coupe E-Type Concept

しかし、衝突安全基準の強化や居住性の追求により、クルマは肥大化の一途を辿ります。スポーツカーも例外ではなく、税制も改定を受けたことから次々と3ナンバー化(ワイドボディ化)していきました。そんな時代のなかで、NBロードスターをベースに生み出された「ロードスタークーペ」は、結果として国産自動車メーカーが生産した「最後の5ナンバーFR(後輪駆動)クーペ」という歴史的な記念碑となりました。

その小さく絞り込まれたボディサイズと、ドライバーの腰を中心にコマのように旋回する感覚は、今となっては二度と作ることのできない極上のライトウェイト・プロポーションといえるでしょう。

なぜクーペが可能になったのか、企画背景


1996 MAZDA Miata M Coupe

国内において「マツダ ロードスター」というペットネームは完全に定着していた一方で、発表当時、「ロードスター(=オープンカー)」と「クーペ(=固定屋根の箱車)」が合体した「ロードスタークーペ」という名前は、完全に矛盾しており、エンスージアストの間で少なからず物議を醸しました。しかし、それは些細な問題です。

重要なのは、「フィクスヘッドクーペ(オープンボディに固定ルーフを溶接接合したモデル)」が、メーカー純正として市販されたという事実です。初代NA誕生以来、マツダは幾度もクーペモデルの量産を検討しては、莫大な設備投資と販売予測のバランスが取れずに断念してきました。「そもそもオープン専用設計の軽いシャシーに、わざわざ重い屋根を載せて重心を上げる必要があるのか?」とい社内のスポーツカー純血主義者からの工学的な懸念もあったことでしょう。

ではなぜ、モデル末期のNB型になって実現できたのか?そこには2000年代初頭の「市場の成熟」と「マツダの生産戦略の転換」がありました。


2000 TOYOTA Caserta(MR-S Based)

2004年当時、東京オートサロンの入場者数が東京モーターショーに匹敵するほど、カスタマイズカー市場が熱を帯びていました。トヨタの「モデリスタ」、日産の「オーテック」など、メーカー直系のカスタマイズブランドが台頭する中、マツダも「ニッチな需要に対し、最小限の投資で、魅力的な特装車をスピーディに提供するノウハウ」を構築する必要があったのです。


そこで今回は極少量生産を前提として、投資のミニマム化を行うことで量産を実現させました。例えば生産ラインをマツダだけではなく特装車を作成するマツダE&Tの工場を利用することや、コンセプトカーで使用した金型を量産車にも流用するといった手段が取られたのです。ロードスタークーペは、その生産方式のテストケース(第一号企画)として白羽の矢が立ったプロジェクトでした。

商品コンセプト、ネオノスタルジックの誘惑


満を持して投入されたロードスタークーペのコンセプトは、非常にポエティック(詩的)なものでした。

「50年代のちょっとレトロでヒューマンタッチの小粋で魅力的なデザインのスポーツクーペ」
「量産のクルマにはない個性と自由な表現を持ったクルマを提供する」


<エクステリア&ボディ>
最大のポイントは、デザイナーである福田成徳氏(NA/NBのデザインにも深く関与)が、NBロードスターの持つリアフェンダーの抑揚(コークボトルライン)を完璧に活かしきった点です。キャビンからリアフェンダーへ流れる流麗なラインは、往年のブリティッシュスポーツやイタリアンクーペを彷彿とさせる、見事なプロポーションでした。


工学的な視点で見ると、このクーペ化はロードスターに「禁断の果実」をもたらしました。クーペ化にあたり、ルーフ、クオーターパネル、トランクリッドなどはすべて新規の「スチール(鉄)」で成形されました。一方で、新規造形(Type A/Type S)のフロントバンパーやスポイラーはFRP製となっています。もちろんですが、オープンモデルには存在しないCピラーにはクオーターガラスが張られています。


また、Type Eのフロントアンダースポイラー、サイドスカート、リアアンダースポイラーは贅沢にもカーボン製のパーツがあしらわれています。

剛性は飛躍的に向上し、サスペンションが設計図通りに美しくストロークするようになった結果、必要のないシャシーブレースバーは取り外して相殺。重量増はベースのオープンモデル(幌機構の撤去分を差し引き)からわずか約+10kgに抑えられました。重心高こそ僅かに上がりましたが、それを補って余りある圧倒的なボディ剛性を手に入れたのです。これは、ライトウェイトスポーツの意地と執念の賜物です。

<インテリア>

ROSDSTER COUPE Interior(Type A/Type E)
基本的なインテリアは、ベースとなるNB4と同一の仕様となり、各所にアルミ調パーツが架装されました。ベースモデル(クーペ/Type S)はファブリック内装、Type AはVSコンビネーションA相当のブラックレザー、Type EはVSコンビネーションB相当のベージュレザー&ウッド内装となります。ただし、固定ルーフとなったことからピラートリムやルーフライニング、その奥にあるインシュレーターは専用品となります。トランク容量は「高さ」が増したので容積自体は増えているのですが、諸元上はベースのNBロードスターと同じく144Lとなります。

<ロードスタークーペ バリエーション>


ロードスタークーペ Coupe/Type S(53台/63台 ※)
ベースとなる標準モデルです。フロントセクションはNBロードスターをベースに、ルーフからリアフェンダーにかけてクーペ用に新造されたエクステリアが見どころです。1600cc(NB6Cベース)モデルのグレードは「クーペ(Coupe)」、1800ccモデルは「Type S」というグレードになります。なお、Type SはRX-8とグレード名を合わせており、当時のマツダの「走りのトップグレード」を指しています。価格はCoupeが235万円(税抜)、Type Sが275万円(税抜)でした。
※内16台はmm1にモデファイされている


ロードスタークーペ Type A(40台)
専用のフロントフェイス、オーバーフェンダー、カーボン製の各種スポイラーで武装し、内装を黒で統一した「イタリアン・レーシングテイスト」のMT専用モデルです。また、専用のカーボンパーツ架装していることから、NBロードスターで最も高価格なモデルになります。ベースモデルはNB8Cの6MTで最もアグレッシブな仕様です。内装はブラックレザーとなります。Aとはauthentic(本物)を指します。価格は310万円でした。


ロードスタークーペ Type E(23台)
2002年にコンセプトカー「RSクーペ」として発表されたデザインをそのまま商品化した、クラシカルでエレガントなモデル。内装はベージュレザー&ウッド仕様となります。ベースモデルはNB8Cの4AT仕様で、ロードスターの歴史において唯一の【AT専用特装車】という極めて珍しい存在です。全国のオーナーの声から抽出された「ほっとする」「ヨーロッパの香り」というキーワードを具現化した、ネオノスタルジックデザインの完成形です。Eとはelegant(上品)を指します。価格は280万円(税抜)でした。


2004 オートバックスセブン monoCRAFT mm1(16台)
ロードスタークーペには派生車種が存在しています。こちらは福田成徳デザイナーがイタリアンコンパクト(アバルト)にインスパイアされて作られた「TSコンセプト」をベースに、オートバックスセブンより「monoCRAFT mm1」というカスタムカーとして販売されました。

販売目標100台でしたが、当時のマツダ工場火災によってデリバリー予定は大幅縮小され29台、実際に売れたのは16台となります。価格は1.6リッターが315万円(税込)、1.8リッターが357万円(税込)でした。※
※2004年4月以降の自動車価格は税込み表記に変更

クーペからの変更点がフェイスのみで、リアはロードスタークーペから変更はありません(オプションは用意されています)。ボディカラーはクーペに準じて赤、白、銀の3色となりました。カロッツェリア(工房)的なアプローチでメーカーの特装車をさらにカスタムするという、当時の勢いを感じさせる歴史的モデルです。


ショップオプションでマツダスピードブランドのパーツを架装することも可能です。なお、これらはクーペ専用品ではなく、NBロードスター後期型のカタログから選抜したものになります。余談ですが、NBロードスターはマツダスピード・スポーツスプリング(メーカー純正パーツ)にて車高を落とすことが可能でした。

オープンカーのクーペ化、他メーカーの事例


1966 Triumph GT6

自動車の歴史を紐解くと、オープンカーのシャシーをベースに固定ルーフを架装した「フィクスヘッドクーペ」はいくつか存在し、その多くが名車として語り継がれています。ロードスタークーペの特異性を理解するために、他メーカーの事例を見てみましょう。

過去の代表例として挙げられるのが、1960年代の英国車「トライアンフ・GT6」です。これは軽量オープンモデルの「スピットファイア」のシャシーにファストバックのルーフを被せ、より強力なエンジンを搭載したモデルであり、まさにロードスタークーペのコンセプトの源流ともいえる存在です。


2002 BMW Z3 M Coupe

近代においてこの手法を成功させたのが、BMWの「Z3クーペ」および「Z4 Mクーペ」です。オープンカーであるZ3/Z4のボディ剛性をさらに高めるべく固定ルーフを与え、独特のシューティングブレーク的なフォルムを得たこのクルマは、非常に高い運動性能を発揮しました。


2017 Jaguar F-Type

また、ジャガーの「F-TYPE」も、先にコンバーチブルのボディ剛性を極限まで高めて開発し、そこに固定ルーフを追加することで、驚異的なねじり剛性を誇るクーペを作り上げました。しかし、これらのモデルの多くは、開発段階からクーペ化をある程度視野に入れた強固なプラットフォームや、大排気量エンジンを受け止めるためのヘビー級シャシーを持っています。


対してロードスタークーペは、極限までの軽量化を至上命題とした「ピュアライトウェイトオープン」の骨格に、後からスチールルーフを溶接するというアプローチをとりました。これは世界的に見ても非常に稀有であり、マツダの技術陣がいかに困難な課題に挑んだかがわかります。

派生車ではなく「特装車」であること


当時、自動車メーカーが作る派生車や限定車といえば、既存の量産ラインで組み上がったクルマにエアロパーツをポン付けするか、塗装色を変える程度が一般的でした。

しかし、ロードスタークーペは違います。ベースは「オープンカー」であり、そこに「スチールの屋根」を溶接結合するのです。これはプラットフォームを流用しながらも、車体の構造(モノコックの応力伝達)を根本から変えるという、極めて大胆かつ困難な企画でした。

ボディタイプが根本的に異なるものを量産ラインにそのまま通すのは、設備投資や現行生産車に与える影響も大きく、別ラインを設定することとなりました。そこで、特装車両を制作するマツダE&Tの協力を得て組み立てていくことになりました。


デザイン要件を満たしつつコストを抑えるため、ベース車のアンダーボディとフロント周りはそのまま流用されました。しかし、新設されるルーフやトランクリッドに加え、クォーターインナー、バルクヘッド、Aピラーなどは、現行のNB用部品を一度カット(追加工)してから使用するという、途方もない手間がかけられています。

また、特徴的な「絞りの深いリアフェンダー」などの外板パーツは、少量生産を前提としたため、高額な量産用金型を新造せず、試作用の簡易型(ソフトツール)をそのまま用いてプレス成形されました。

ロードスタークーペ最大のハイライトは、その「異常な生産工程」にあります。


1)マツダ本社の量産ラインで、下回り(プラットフォーム)が作られる


2)「Aピラーがない状態のシャシー」を、生産ラインから途中で抜き取り、特装車を作る関連会社「マツダE&T」の工房へ搬入する


3)マツダ試作部で作られたルーフなどの大物ユニーク部品を、マツダE&Tの簡易ドックにて車体に組み込み、溶接する


4)完成したクーペボディを、再びマツダ本社の工場へ戻し、通常のロードスターと同じ塗装ラインと最終組立ラインへ流す


完全自動化が主流となっていた2000年代において、この工程は採算度外視ともいえる異例の手法でした。特に、クーペルーフとオープンボディを接合するスポット溶接やMIG溶接は、薄い鉄板に熱歪みを生じさせないための極めて高度な技術が要求され、機械には不可能な複雑な三次元曲面での作業です。これを実現できたのは、当時のマツダに僅かに残っていた熟練の板金技能者(マイスター)たちの手作業によるものでした。


量産開発技術と、職人の少量生産技術が見事に融合したクルマ、それがロードスタークーペの真実です。

工場火災、わずか179台の生産


クラフトマンシップ溢れる手作業工程を経て、ロードスタークーペは国内限定販売としてリリースされました。当初の生産計画は以下の通りです。

生産予定: 月産40台(1日わずか2台ペース)
生産期間: 2003年10月から20ヶ月間(次期NC型が発表される直前まで)
総生産予定台数: 800台

しかし、運命は非情でした。2004年12月、マツダ宇品第1工場の塗装ラインで大規模な火災が発生します。マツダは複数車種の混流生産を行っていたため、ライン復旧後は、会社の屋台骨を支えるデミオやRX-8などの主流車種の生産が最優先されました。

その結果、もともと月産40台という極小ロットであり、手間もかかるロードスタークーペの生産ラインは後回しにされ、モデル末期というタイミングも重なり、そのままひっそりと生産終了を迎えてしまったのです。


「同じ価格でRX-7/RX-8が買える」現実
生産台数が伸びなかった理由は、火災だけではありません。その「価格設定」もハードルでした。職人の手作りゆえに、先にも書きましたがベースグレードで約235万円、Type-Aに至っては310万円という価格設定でした。当時、ノーマルのNBロードスターが約200万円、ハイパワーなNBターボが270万円、さらには新型のRX-8が240万円から購入することが可能で、中古市場を見渡せば極上のRX-7(FD3S)が買えてしまう価格帯だったのです。また、次世代ロードスター(3代目NC型)の登場も予告されていたことも、少なからず影響はあったでしょう。

NB7最終販売台数

表立ったプロモーションもなく、「手作りのクーペボディ」という美しさと希少性の真価は、当時の市場には評価されませんでした。800台の生産目標に対して、達成率は23%(179台)。ベースモデル(クーペ&Type S)は合わせて113台となりますが、そのうち16台がmm1となっています。mm1はもとより、ライトニングイエロー(A4J)のType Eは逢えたら奇跡のレベルになるでしょう。

ロードスタークーペが継いだもの


※2026年3月時点で25,000スターリング・ポンドは5,327,012円です

「時代が早すぎたのか、それとも遅すぎたのか」

発売当時は不遇のセールスに終わったロードスタークーペですが、2026年現在、その評価は劇的に反転しています。もともとの圧倒的な希少性と、NBロードスターという素材の再評価(アナログスポーツの極致)が相まって、中古車市場では新車価格を遥かに超える、恐ろしいほどのプレミア価格で取引されています。また、このクルマが遺した「オープンカーをクーペ化する」というDNAは、決して途絶えてはいません。


NCロードスターRHT(MX-5 Coupe)
国内では「RHT」と呼ばれましたが、海外での正式名称は「MX-5 Roadster Coupe」でした。電動格納ルーフによって、クーペの静粛性とオープンの開放感を完全に両立させました。リトラクタブル・ハードトップ仕様のロードスターは、NDロードスターがリリースされていた2016年の時点でも北米ではカタログラインナップとしてしばらく併売されていました。


光岡自動車・卑弥呼(RHT)シリーズ
キャッチコピーは「宝石すら嫉妬する」。NCやNDロードスターのシャシーをベースに、職人の手作業でクラシカルなボディを架装する手法は、まさにマツダか行った特装生産のスピリットを受け継いでいます。ベースモデルがNC-RHTの場合はクーペボディとして提供されました。海外でも「Mitsuoka Roadster」として販売されました。


NDロードスター RF(Retractable Fastback)
純然たるクーペではありませんが、美しいティアドロップ形状のルーフラインとトンネルバック(バットレス)を持つRFは、かつてのコンセプトカー「F010」が描いた夢の、現代における一つの到達点と言えるでしょう。


国産車最後の5ナンバークーペ。それは、単なるノスタルジーの産物ではありません。「小さく、軽く、美しく走る」というスポーツカーの純粋な理想を、採算度外視の手法で作り上げた、マツダというメーカーのチャレンジ溢れる企業文化を感じる情熱と技術の結晶です。

もし街角やミーティングで、流麗なルーフを持つNBロードスターに出会うことがあれば、思い出してください。そのルーフの下には高度な職人技と、デザイナーの夢が込められているのです。

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歴代ロードスター クーペコンセプト

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