ロードスターロータリーコンセプト「コスモ21」

ロードスターロータリーコンセプト「コスモ21」

この記事を読むのに必要な時間は約18分です。


マツダのスポーツカーの歴史において、「ロードスター」と「ロータリーエンジン」は、交わりそうで決して交わらないパラレルラインです。ライトウェイトスポーツの極北であるロードスターと、内燃機関の異端児であり圧倒的なパワーとロマンを持つロータリー。このふたつが融合したらどうなるのか? それは世界中のマツダファンが幾度となく見た、甘く危険な夢でした。

しかし、その夢が一度だけ公式に示されたことがあります。それは、2002年の東京オートサロンで発表されたコンセプトカー「コスモ21(Cosmo21)」です。

NBロードスターのシャシーに、次世代ロータリー「RENESIS」を搭載したとされるこのマシン。果たしてそれは単なるデザインスタディだったのか、それとも本気で市販化を狙った「観測気球」だったのか。あれから四半世紀の時を経た現代の視点から、すこし紐解いていきましょう。

そもそもコンセプトカーとは

時計の針を戻す前に、コンセプトカーの定義を改めて確認しておきましょう。自動車メーカーが展示目的で製作するコンセプトカーには、大きく分けてふたつ役割があります。


①デザインや技術の方向性を示す「スタディモデル」
市販を前提としていないコンセプトカーです。例えば、後にガルウイングスポーツ「AZ-1」へと昇華した「Mazda MX-4」など、これらは純粋に「デザイン言語の発表」や「先進機能の提案」であり、極端な話、内部のメカニズム(エンジンなど)が空っぽの「ドンガラ」であることも珍しくありません。好評だったエッセンスだけが、後の市販車に抽出・フィードバックされます。


② 市場の反応を伺う「プロトタイプ(観測気球)」
一方、市販を前提としたコンセプトカーは「そのまま市販出来るレベル」のパッケージングで製作されます。保安基準や生産ラインの制約をある程度クリアしており、モーターショーでの反響次第でゴーサインが出る、先行お披露目的な意味合いを持ちます。ファミリアアスティナ/ユーノス100のルーツとなった『Mazda MX-81』などがこれにあたります。

今回の主役である「コスモ21」がどちらに属していたのか、検証を進めていきましょう。

2002 Mazdaspeed「Cosmo21」


今回ご紹介するのは2002年の東京オートサロンで発表された「コスモ21」です。

フォルムでもお察しの通り、こちらはNBロードスターをベースにしています。そのパワーユニットには「RX-8」用に開発されたNAロータリーエンジン「13B RENESIS(レネシス)」を搭載とあります。デザインモチーフは名前と見た目の通り、1967年にデビューした「コスモスポーツ(Mazda110S)」です。

2002年の東京オートサロン。チューニングカーの祭典となるこの会場で、マツダブースでアンベールされたそのクルマは、一見してNBロードスターのプロポーションを持ちながら、そのエクステリアは完全に「別の何か」でした。その名も「コスモ21」。デザインモチーフは、その名前と見た目が語る通り、1967年にマツダが世界に誇った初の量産ロータリーエンジン搭載車「コスモスポーツ(Mazda 110S)」です。

当時のプレスリリースや解説文には、マツダファンが狂喜乱舞であろう一文が記載されていました。

(解説文より)
コスモ21はロードスターの足周りをそのまま流用し、心臓部を『RX-8』などに搭載予定の新ロータリーエンジン(250ps)に換装している。

なんと、NBのシャシーに翌年デビューを控えていた自然吸気ロータリーの最高傑作「13B-MSP RENESIS」をブチ込んだというのです。当時、ホンダのS2000(250psのVTEC)の登場により、パワーウォーズにおいてロードスターは完全に劣勢に立たされていました。

「これでVTECに勝てる!」「ついにロータリー・ロードスターが市販されるのか!」会場にいた誰もが、胸のすくようなカタルシスを感じたはずです。しかし、エンスージアスティックな目線で当時の状況を振り返ると、いくつか不自然な点に気づきます。


RENESISは本当にNBに載るのか?

結論からいえば、「載せること自体は可能だが、市販レベルのパッケージングとしては成立しない」というのがエンジニアリング的な見解でしょう。確かにロータリーエンジン単体はコンパクトです。しかし、RENESISは排ガス規制をクリアするために「サイド排気ポート」を採用しており、エキゾーストマニホールドの取り回しが従来の13Bとは大きく異なります。

NBロードスターのセンタートンネルは、B型/BP型エンジンの排気管を通すためにギリギリの設計がなされています。ここにRENESISの巨大なエキマニと触媒を、ステアリングシャフトやバルクヘッドと干渉させずに収め、かつ熱害(ロータリーの排気温度はレシプロより遥かに高い)を防ぐのは至難の業です。

さらに決定的なのは冷却です。ロータリーエンジンは発熱量が莫大であり、RX-8は巨大なフロントグリルとオイルクーラーを備えています(エンジンを切ってもラジエターファンがしばらく作動する)。対してコスモ21のフロントノーズは、レトロフューチャーな薄いスリット形状。これで250psの熱量を捌き切れるとは到底思えません。

事実、会期中にコスモ21のボンネットが頑なに開けられることはなく、エンジンサウンドや走行シーンの映像も一切公開されませんでした。悲しい現実ですが、あの展示車のボンネットの下にあったのは、いつものBPエンジンだったか、あるいは何のパワーユニットも持たない「ドンガラ」のモックアップであった可能性が極めて高いといわざるを得ません。

コスモ21のディティール


メカニズムが幻であったとしても、そのデザインの完成度は目を見張るものがありました。ルーツとなった初代「コスモスポーツ」は、マツダ好きなら誰もが知るフラグシップスポーツカーです。コスモ21は、この1967年の名車を、当時(2000年代)の解釈で見事にレトロフューチャー化していました。

エクステリアの妙
ルーフはNA/NB純正のディタッチャブルハードトップをベースにしていますが、パーティングライン(分割線)は見事にパテ埋め・サーフェス処理され、流麗なクーペフォルムを形成していました。砲弾型のフェンダーミラーも、コスモスポーツへの強烈なオマージュです。


ウインカーやテールランプには、当時最新鋭だった高輝度LEDを多用。特にテール造形は初代コスモスポーツと同じく、宇宙ロケットのブースターをモチーフにした上下二段式を採用していました。帰ってきたウルトラマンの「マットビハイクル」を再解釈したような痛快なデザインです。


インテリアの作り込み
シートなどの内装は、銀と黒のキルティング加工でバリエーション処理されており、60年代の人々が想像した「未来感(スペースエイジ・デザイン)」を再現していました。

インパネは一見するとNBロードスターですが、よく観察するとセンターコンソールにはコスモスポーツ準拠の縦型ルーバーや、レトロなアナログメーターが配置されています。極めつけはアルミパイプむき出しのドアハンドル。アフターパーツメーカーでは到底不可能な、自動車メーカー直系のデザイナーとモデラーによる執念の作り込みです。「チカチカして眩しい」という意見もありましたが、ここまでやり切ると逆にアートとしてのカッコよさが際立ちます。

マツダスポーツカーの始祖「コスモスポーツ」


コスモ21を語る上で、そのモチーフとなった偉大なるオリジナル、「コスモスポーツ(Mazda 110S)」の存在を避けて通ることはできません。

1967年、世界に先駆けて実用化された量産ロータリーエンジン(10A型)を搭載し、マツダの技術力と意地を世界に見せつけたフラグシップスポーツカー。2017年にロータリーエンジン誕生50周年、2020年にマツダ創立100周年という偉大な節目を越えた今なお、その放つオーラは全く色褪せていません。


ライバルとの熱き広告戦争
コスモスポーツのデビュー当時、日本の自動車産業は凄まじい熱気に包まれていました。マツダは発売に際し、全国紙の新聞に「全面広告」を打つという異例のプロモーションを敢行します。すると驚くべきことに、その翌日、トヨタ自動車が対抗するように「トヨタ2000GT」の全面広告をぶつけてきたという伝説的な逸話が残っています。当時のメーカー同士が火花を散らした、スポーツカー開発のプライドと熱量が伝わってくるエピソードです。


ロードスターへ受け継がれた「DNA」
内装を確認しますと、あらためて「コスモ21」は本家をリスペクトしているのがわかります。また、ロードスター乗りならピンとくると思いますが、ショートストロークシフトやT字インパネ、三角窓などディティールは「マツダスポーツカーデザインDNA」のルーツとしてここに存在しています。写真にはありませんが、重量配分のためにバッテリーはトランクに積まれていました。

コスモ21の内装を見ると、本家コスモスポーツへの深いリスペクトが見て取れますが、我々ロードスター乗りにとってさらに胸を打つのは、初代コスモスポーツのコクピットに「ロードスターの源流」が確かに存在しているという事実です。手首の返しだけでコクッと決まる極上の「ショートストロークシフト」。ドライバーを包み込むように無駄を削ぎ落とした「T字型インパネ」。そして清流効果と静粛性をもたらす「三角窓」。これらすべては、このコスモスポーツから始まった「マツダスポーツカー・デザインDNA」の原点なのです。

さらに、前後重量配分を最適化するために「バッテリーをトランクに配置する」というパッケージングの執念も、この時代から既に実践されていました。


宇宙船が描く「動」の美しさ
エクステリアで特筆すべきは、キャビンを包み込むように成形された「曲面ガラス」のリアビューです。この流麗な処理は、後の歴代RXシリーズはもちろんのこと、ロードスターのディタッチャブルハードトップの造形にも多大な影響を与えています。


そして、思わず二度見してしまうほど長く伸びたリアオーバーハング。一見するとアンバランスにも思えるこの不思議なデザインは、スポーツカーでありながら実用的な積載量(トランクスペース)を稼ぐための切実な理由から生まれたものでした。この長い尻尾の影響で、ハンドリングはピュアスポーツというよりもグランドツーリング(GT)寄りになったと評されています。

しかし、ひとたびエンジンに火を入れれば、そんな理屈は吹き飛びます。低く這うような宇宙船のごときフォルムが、ロータリーサウンドを響かせて駆け抜ける疾走感は、現代のどのクルマにも似ていません。まさに「走ることで画になる」動的芸術の極致といえるでしょう。

【小話】コスモスポーツとロードスター


ここでひとつ検証を挟みましょう。なぜ、マツダはマツダスピードブランドをうたってまで「ロードスターをベースにした、コスモスポーツのオマージュを作ろう」と思い立ったのでしょうか?個人的に思うのは「諸元」という物理的な共通性にあったと思うのです。

1967年発売の初代コスモスポーツ(前期型・L10A)と、1989年発売のNAロードスター(NA6CE)。この2台のカタログスペックを並べてみると、とある事実に気付きます。

項目 初代コスモスポーツ (L10A) 初代ロードスター (NA6CE)
出力 110ps/128ps 120ps
全長 4,140 mm 3,970 mm
全幅 1,595 mm 1,675 mm
全高 1,165 mm 1,235 mm
ホイールベース 2,200 mm 2,265 mm
車両重量 940 kg 940 kg

お分かりいただけたでしょうか。20年以上の時を隔て、アフォーダブルスポーツカーがフラグシップスポーツのスペックに追いついていたのです。出力、車両重量だけでなく、ホイールベースの数値も極めて近く、エンジンを前車軸の後方に押し込む(フロントミッドシップ化)ための重量配分50:50(パッケージングの黄金比)もコスモスポーツの時点で始まっていました。

10A型ロータリーという極小ユニットをフロントミッドに押し込み、ヨー慣性モーメントを極限まで減らしたコスモスポーツ。B6型レシプロエンジンを、バルクヘッドをえぐってまで後方に押し込んだNAロードスター。

内燃機関の形式こそ違えど、マツダが考える「理想のスポーツカー骨格(寸法と重さ)」は、1960年代から一切ブレていなかったのです。だからこそ、NBの骨格(シャシー)にコスモスポーツの意匠を被せる「コスモ21」という企画は、単なる着せ替えではなく、同じルーツ(諸元)を持つ者同士の必然の融合だったといえるのではないでしょうか。

「丸目」ロードスターと、RSクーペ


コスモ21のフロントフェイスを特徴づけている「丸目(丸型ヘッドライト)」。実はNBロードスターも開発当初はデザイン案として「丸目コンセプト」が存在していました。ポルシェを意識したと言われるそのデザインは結局採用されず、固定式の丸目異形(アーモンドアイ)になりましたが、マツダのデザイナーの頭の中には常に「丸目のロードスター」という構想があったようです。


そう考えるとコスモ21の丸目デザインは、NBロードスターの初期コンセプトにおける一つの「完成形(IFの世界)」だったのかもしれません。


興味深いことに、2002年のオートサロン会場においてコスモ21の隣には、もう一台のコンセプトカー「RSクーペ」が展示されていました。結果から言えば、この「RSクーペ」が後に市販化され、「ロードスタークーペ(MM1、TSコンセプト等)」として限定販売されることになります。


なお、のちに発表されたRSクーペ「TSコンセプト」も丸目を採用し高い完成度を誇っていましたが、デザインのルーツはコスモスポーツではなく、イタリアの「アバルト」や欧州のカロッツェリアが手掛けたようなクラシカルクーペにありました。なお、こちらは「オートバックスmm1」として市販化されています。

つまり会場では、「ロータリーエンジン+日本製レトロフューチャー(コスモ21)」対「レシプロエンジン+イタリアンクラシッククーペ(RSクーペ)」という、ふたつの異なる哲学を持ったクーペが並び立ち市場の反応を伺っていたのです。もしコスモ21への反響が圧倒的であれば、歴史は変わっていたのかもしれません。

なぜロードスターは「ロータリー」を拒んだのか


当時の解説文には、期待を持たせる一文がありました。

(解説文より)
市販予定は未定だが、300万円台で限定販売モデルとして発売される可能性もある。

しかし、結果としてコスモ21が表舞台で展開されることは二度とありませんでした。好評だったのは旧車好きだけで、一般層の支持を得られなかったという見方もありますが、最大の理由はエンジニアリングの「哲学」の壁でした。

当時のNBロードスター開発主査(かつRX-7も兼務)であった貴島孝雄氏は、都度メディア等のインタビューで「ロードスターにロータリーを搭載することは絶対にありえない」と断言しています。

これには、絶対的な根拠が存在します。ロードスターの楽しさの真髄は「手の内にあるパワーを使い切り、シャシーの限界域までヒラっと舞うこと」にあります。160ps前後の1.8Lエンジン(あるいは1.6L)は、その車重とタイヤのグリップ力に対して絶妙な均衡(バランス)を保っていました。

ここに250psのRENESISロータリーを積めば、直線は圧倒的に速くなるでしょう。しかし、フロントヘビーによる回頭性の変化、ミッションやデフの大容量化、パワー相応のブレーキ強化、熱対策によるフロントオーバーハングなどの重量増(ラジエーターの大型化)と、ロードスターが命がけで削り出してきた「ヨー慣性モーメントの低減」というパッケージングが根底から崩れ去ってしまうのです。


「それはもはや、ロードスターではない。小さなRX-7だ」

マツダのエンジニアたちはパワーという誘惑に負けず、ライトウェイトスポーツの純血を守り抜いたのです。仮にコスモ21が市販されていたら「コスモスポーツ」「コスモAP」「コスモ(ルーチェ兄弟車)」「ユーノスコスモ」に続く5番目の「コスモ」を継ぐ名車になったかもしれませんが、ロードスターの歴史からは切り離された存在になっていたでしょう。

バトンはアイコニックSPへ


「コスモ21」がデザインスタディだったのか、それとも一縷の望みを懸けた市場調査だったのか。今となっては確かめる術もありません。しかし、コンセプトとはいえ「ロータリー搭載のロードスター」という夢の姿を見せてくれたことは当時のファンにとって心強く、マツダのロータリースポーツ・スピリットが健在であることを証明する強烈なメッセージでした。


あれから約四半世紀。マツダのロータリーエンジンは「MX-30 Rotary-EV」における発電用エンジンとして、新たな環境技術の核となって復活を遂げました。そして、記憶に新しい2023年のジャパンモビリティショーでは、2ローターの発電用ロータリーエンジンをミッドシップマウントした流麗なコンパクトスポーツカー「MAZDA ICONIC SP(アイコニックSP)」を発表し、ファンを魅了しました。

リトラクタブルヘッドライトを組み合わせた薄型LED、正統オーガニックシェイプといえる抑揚の効いたフェンダーライン、そして「ロータリー×コンパクトスポーツ」というパッケージ。アイコニックSPを見た時、一部のエンスージアストの脳裏にはオートサロンで赤い照明に照らされていた「コスモ21」の姿が重なったはずです。


技術の壁、コストの壁、そして哲学の壁。

数々の壁に阻まれ、決して交わることのなかった「ロードスター」と「ロータリー」。しかし、マツダのデザイナーやエンジニアのDNAの中には、そのふたつを融合させたいという「夢」が、初代コスモスポーツからコスモ21の時代を経て、現代に至るまで静かに、しかし熱く脈打ち続けていたのです。

コスモ21、それは市販化されることのなかった幻のコンセプトカーですが、我々に見せてくれた夢の価値は、今なお色褪せることはありません。未来のスポーツカーのカタチを想像させてくれる、そんな記憶に残るクルマでした。

関連情報:

変えないために、変えた、NB(C-6)

コンセプトカーカテゴリの最新記事