MX-6コンバーチブル(MX-6 convertible)

MX-6コンバーチブル(MX-6 convertible)

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マツダの「MX」シリーズとは


2020 Mazda MX-30

このサイトをご覧の方であればご存じの通り、海外のマツダ・ロードスターは「Mazda MX-5」という名前でリリースされています。ロータリースポーツカーであるセブンなどのRX系に対して、市販されているMX系はレシプロエンジンのスポーツカーであったため、MXという響きにはスポーツイメージを感じる方が多いのではないでしょうか。

しかし、先日リリースされた電気自動車「MX-30」にて、本来の意味とされるものが公式発表されました。

MX = MAZDA EXPERIMENT

新たな価値観の創造、新たな挑戦、既存の概念を打破するというマツダのチャレンジングな車両

確かに、初代ロードスター(MX-5)の開発から市場投入までは一筋縄ではいかなかったストーリーを鑑みても、MX-5というネーミングを採用したことは、納得できるものがあります。


実際、MXシリーズの名称は1981年のコンセプトカー「MX-81」から始まっています。そのなかには3ローター・REスポーツコンセプト「MX-03」もありますし、超軽量コンセプト「MX-0」というものも存在します。まさに、チャレンジを体現する歴史があるようです。新時代へ対応する布石であるクルマに「MX-30」という名称をつけたのも、納得できます。


さて、実際に市販車でMXのネーミングが採用されたクルマは、先の「MX-30」を含めて4台です。それは「MX-3(国内名プレッソ/AZ-3)」、「MX-5(国内名ロードスター)」、そして「MX-6」です。

スペシャリティクーペ・初代MX-6(カペラC2)


1987 Mazda MX-6(国内名:カペラC2)

実は、最初に市販車としてデビューしたMXシリーズは、1987年に登場したスペシャリティカーMX-6でした。

スペシャリティカーとは、実用車のプラットフォームをベースに、スタイリッシュなクーペボディなどを架装するモデルです。ベース車のおかげでスポーツカー(の雰囲気)が比較的安価に味わえることが特徴で、70年代~90年代にかけてはデートカーとして絶大な人気を集めました。

 
それはソアラを筆頭に、コスモAP、シルビア、プレリュードなど・・・クルマを所有しているとモテた凄い時代です!スタイルのカッコよさだけではなく、若者向けの先進技術を惜しみなく採用するチャレンジングなクルマが多く、スペシャリティクーペは時代のトレンドリーダーとなっていきました。


そのようななか、マツダにはカペラ(Mazda626)という、現在のMazda6(アテンザ)につながるGプラットフォームの乗用車がありました。

特に80年代後半にデビューした5代目カペラは「必要な基本性能を先進技術を駆使して高める」ことをテーマに、世界初の車速感応型4WSやフルタイム4WDなど、マツダが当時実現可能だった最新技術を惜しみなく投入したクルマでした。

そのうえでスペシャリティクーペとして設定されたMX-6(カペラC2)は市場で高く評価されました。チャレンジングなクルマにMXという名前を採用した・・・という歴史にも合致します。初代MX-6は海外でのヒットはもちろん、国内ではRX-7(FC)と同じくアンフィニモデルが設定されたほどの人気でした。なお、C2とは「Composite Coupe」の略称になります。

MX-5 Miata(ロードスター)のデビューは2年後の1989年。まさにMX-6のもつチャレンジングなイメージを引き継いだ形になりました。

凱旋デビュー、2代目MX-6


1992 Mazda MX-6

1992年、カペラC2の後継車として、新時代のスペシャリティカーを志し開発されたのが2代目MX-6です。その際にカペラから海外での名称を引き継ぐMX-6としての凱旋デビューとなりました。余談ですが、カナダ仕様のみ「MX-6 MYSTERE(神秘)」というペットネームが設定されています。


ハイスピード・エレガンスクーペ

ハイパワー化されたエンジンを持つ走りと、時にはお洒落なデートカーとして・・・洗練されたライフスタイルを持つ人々の仕事や遊びのシーンを、より自然に活き活きとさせる友のような、時には着慣れた上質なスーツのような存在。

端正なたたずまいと、しなやかで優美な身のこなしを感じさせる気品のある外観スタイル。オーナーと限られた乗員を優しく包みこむドライバオリエンテッドな、上質なインテリア空間の提供。

たたずまい、質感、性能などの各要素が高次元で調和し、全身から洗練された美が香り立つ、大人のためのスペシャリティ。心の満足感を提供するクルマ。(※プレスキットを要約)


上記のようなコンセプトをもとに、2代目MX-6は初代ロードスター、2代目ロードスターと同じくMRA(現北米マツダスタジオ)で作りこまれていきました。


低くワイドなプロポーションを活かしたダイナミックで気品のあるスタイルを、当時のデザインテーマ「ときめきのデザイン」に基づいて、光と影・・・極端なキャラクターラインは用いず、オーガニックシェイプの【フォルムで魅せる】デザインになっています。


メカとしては、新型GEプラットフォームをベースに2種類のK型V6ツインカムエンジンを搭載し、初代と同じく先進4WSを搭載しました。さらに、4ATだけではなく5MT・・・マニュアルトランスミッションが選択できたことも大きな特徴でした。

MX-6 国内評価は


初代がヒットしていた背景もあることから、海外市場でのMX-6は引き続き高評価を得ていました。ところが、当時のマツダ車でありがちな海外では好評でも国内では存在感を示せずにいました。ライバルたちと比較して圧倒的なアドバンテージだったのは、(モデル末期ではありますが)新車のV6スペシャリティクーペが約190万円から購入できたことぐらいです。


1990 Eunos COSMO

不評だった原因は、GEプラットフォーム(ミドルクラス)をベースにしていることにより、サイズが当時のライバル(A80スープラ、シルビア、プレリュード)よりも大きく、重かったことがありました。さらに同じマツダラインナップの中でもRX-7(FD)、ユーノスロードスターといったスポーツカーだけでなく、ユーノスコスモというスペシャリティクーペがあり、自社ラインナップでもカニバリズムが起きていました。

さらに、マツダ暗黒時代として語り継がれる5チャンネル戦略において戦犯とされた、GEプラットフォーム車(クロノスシリーズ)のネガティブな印象が尾をひいてしまったことが要因とされています。


1992年〜1996年と4年の販売期間の中で、2代目MX-6は最後まで存在感を示すことができず、モデル末期にはマツダスピードバージョンも投入されましたが時すでに遅し・・・約5000台のデリバリーで生産終了をむかえることになりました。なお、この台数はAZ-1と近しい数字です。


実施、この時代のマツダはバブル期のマーケットの好景に乗るべく、予定を前倒ししてでもラインナップ強化を行っていたとされています。その結果、クルマの作りこみがされていないという印象が先走り、GEプラットフォームの兄弟車は、予定を前倒して市場投入をされたといまだにいわれています。

マツダGEプラットフォーム車

1991-1995 マツダ・クロノス(セダン)
1991-1995 マツダ・アンフィニMS-6(ハッチバック)
1991-1995 フォード・テルスター(セダン/ハッチバック)
1992-1994 マツダ・クレフ(セダン)
1993-1997 マツダ・MX-6(クーペ)
1993-1997 フォード・プローブ(クーペ)
1993-1997 Mazda 626(セダン)

しかし、これはクルマの作り込み以前の、明らかなマーケティング(販売手法)の失敗です。もともとパイが限られている国内市場に供給過多で投入されたマツダ車は、売れれば問題なかったのですが、こういったネガティブイメージで売れないという・・・・という負の連鎖を生んだのです。


良心的(安価)な設定だったことも誤解を生みました。「セブンやロードスターはFRでダブルウィッシュボーン、コスモは3ローター(※当時のマツダファンでロータリーは別格)なのに、MX-6はFFストラットで見た目だけのクーペだ」・・・そんな印象は払拭できませんでした。

1995 MX-6コンバーチブル(MX-6 convertible)コンセプト


1995 Mazda MX-6 Convertible Prototype

実は、MX-6はスペシャリティクーペからオープンカーに換装したコンセプトが、密かに開発されていました。しかし、この「MX-5コンバーチブル」は公に発表されることはありませんでした。なぜなら、マツダ5チャンネル体制の崩壊とともに、既にMX-6は製造中止が決定したからでした。


ただ、MX-6コンバーチブルは世界一の幌を開発したロードスターの経験を活かし、高い完成度を誇っていたのが惜しまれます。

なお、ロードスターとは「オープンだけど、いざという時の簡易的な幌を持つ馬車」が語源になりますが、コンバーチブルは「普段使いに加えて、いざという時はオープンにもできる、ふたつの姿を楽しめる馬車」という意味になります。つまり、閉じる姿も流麗なクルマ・・・ということで、MX-6コンバーチブルは幌を閉じたスタイルでも映える一台になっています。


もともと4座が前提のホイールベースであるGEプラットフォームであることから、リアセクション(&オーバーハング)は冗長に感じるかもしれません。


しかし、そもそもMX-6はコンセプト段階で「リアセクションを魅せる」意図があり、そういった意味でも(北米市場好みの)企画意図通りのカタチであることが分かります。


ただ、仮にMX-6コンバーチブルが登場していたら、ロードスターでは実現できなかった「4人乗りのオープンカー」という需要を満たすことが可能でした。仮にユーノスロードスターのヒット直後(オープンカー需要が最高潮)だった時期にこのクルマがデビューをしていたら、歴史が違っていたかもしれません。

しかし、繰り返しますが当時のマツダには、そんな余力は残っていませんでした。誰にも気にされないまま、ひっそりとMX-6は生産中止になり、その歴史はいったん途切れることになったのです。


なお、ロードスターとMX-6と共通の意匠として、サイドマーカー(※北米市場のみ)が採用されています!

MX-6の復活シナリオはあるか


2018年10月16日、懐かしい「MX-6」という名称をマツダが商標登録したことが、大きな話題になりました。


その当時、2016年に発表したコンセプトカー「RX-VISION」、その翌年発表された「VISION COUPE」が高い評価を得ていた背景があり、そのイメージを引き継いだFRクーペを将来ラージプラットフォームにて発表すると噂されていたのです。(なお、2020年の予定でしたが現時点で「時期をずらす」と公式発表されています。)

以下、ビジョンクーペのコンセプトから引用です


Mazda VISION COUPE

「マツダ VISION COUPE」。次世代デザインが目指す、「エレガントで上質なスタイル」を描いたデザインビジョンモデルです。

基本骨格は伸びやかな4ドアクーペとし、クルマらしい美しさ、マシンとしての性能の高さを感じさせるシルエットとしました。そのうえで、要素を削り落として「引き算の美学」を体現したシンプルなフォルム、ショルダー部のシャープな光、ボディサイドのリニアに変化し続ける光と影の移ろいを創り込み、その繊細な動きのコンビネーションによって、より自然な新しい生命感を表現しています。

日本の美意識を体現し、マツダらしい「エレガンス」を追求する深化した魂動デザイン。ここから、マツダデザインの新たなステージが始まります。

このコンセプト、先に紹介したMX-6のコンセプトに合致する内容です。つまりMX-6を知っている人間としては、まさか「MX-6」が復活するのか!?ということで、ファンの間で話題になったのです。


ただ、現実的にはロータリースポーツ(とされる)「RX-9」もマツダは商標登録をしていますし、さらにクーペであれば「コスモ」という歴史的な名前も控えています。MX-6の復活はあるのか・・・真の回答は数年待てばわかるはずです。MX-5乗りとしては、お姉さんお復活は望むべきところですが・・・首を長くして待つしかありませんね。

以上、MX-5の偉大なる先輩「MX-6」の紹介でした。繰り返しますが、MX-6コンバーチブルはロードスターで実現できなかった4人乗りのオープンカー。市場投入されていたら、どんな評価だったのか気になります・・・

関連情報→

NBロードスター ロータリーコンセプト

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