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1989年、ライトウェイトスポーツカー(LWS)という、消えかけていたジャンルを蘇らせたユーノスロードスター(NA型/海外名:MX-5 Miata)。その圧倒的な成功は、自動車業界に強烈な衝撃を与えました。「2シーターのオープンカーなど売れるはずがない」という常識を根底から覆し、世界中でファンとフォロワーを生み出しました。
しかし、その偉大すぎる成功は、次世代モデルの開発を担うエンジニアやデザイナーたちにとって、途方もないプレッシャーとして重くのしかかりました。結果的に、1998年1月にデビューを果たす2代目NBロードスターですが、誕生の裏側には初代の「呪縛」ともいえる強烈なイメージと、次世代以降のマツダロードスターがどうあるべきかという、様々な意見の衝突があったのです。
実は、直前までロードスターは「2000年まで変更を行わない」と公式にアナウンスされていましたが、安全対策におけるレギュレーションが想定より早まり、モデル継続のため、致し方なくフルモデルチェンジの必要に迫られた背景もありました。
今回は、大ヒットモデルの次世代を作る過酷なミッションに挑んだデザイナーたちの軌跡のなかから、「アドバンスデザイン(先行デザイン)」のストーリーをご紹介します。トム俣野(俣野努)氏の生んだ「ときめきのデザイン」に刻まれた哲学を交えながら、世界4拠点から提案された先行デザインのコンペを紐解いていきましょう。
ネガティブ・ジンクスの打破

自動車業界におけるフルモデルチェンジのネガティブ・ジンクス。それは、初代が大成功を収めると2代目は「豪華装備の追加」「馬力の大幅な向上」「ボディの大型化による車格のアップ」といった、いわば「わかりやすい進化」が求められ、結果として初代が持っていた本質的な魅力を見失い、大失敗に終わる歴史のことです。
次世代ロードスターの開発陣は、この誘惑と強迫観念を(紆余曲折ありながらも)結果的に拒絶することに成功しました。彼らが選択したのは、偉大なる初代の「魂(Soul)」を受け継ぎながら、その「肉体(Physique)」を徹底的に鍛え上げるというもの。つまり、フルモデルチェンジは当時の常識としてはありえない「キープコンセプト」で行くことを決めたのです。
それは、まさにイバラの道でしたが、大型化やハイパワー化に逃げなかったことが、今日の現行ロードスターへ繋がっているのは間違いありません。まさに英断だったといえるでしょう。

さて、そんなNBロードスターのデザイン開発スタートは、国内経済停滞を引き起こしたバブル崩壊のあと、マツダのフォード資本が色濃くなる直前の1993年あたり。つまり、NAロードスター後期型(シリーズ2)の時代に、マツダデザインスタジオ4拠点において既にコンペが始まり、1995年1月には1/1クレイモデルの検討を行っていました。
アドバンスデザイン(先行デザイン)の総指揮をとったのは、カリフォルニアにある北米マツダのデザイン拠点MRA(旧MANA)。初代ミアータ(NAロードスター)のデザイン・コンセプト「Inspired Sensation(トキメキの世界)」を打ち立てたトム俣野(俣野努)氏が中心となり、彼は次世代ミアータのデザインに関して、明確なビジョンを提示しました。俣野氏は次のように語っています。
「モデルチェンジの度に四角だ、丸だって変更していたら、その車種ならではの特徴が失われ、人々の記憶に全く残らない車になってしまう。3世代くらいにわたって共通の特徴を持たせて、ようやく総合台数による存在感が出てくるんです」

距離感(100m先、50m先、30m先)という表現の裏には、マツダが世界市場で生き残るためのブランド戦略がありました。自動車メーカーの多くが「ねじ1本まで新しくしなければ、新車ではない」という強迫観念に囚われ、フルモデルチェンジの度に脈絡のないデザイン変更を繰り返していたことに対し、俣野氏が猛反発したのです。
車検制度がなく、何十年も前の古いクルマが共存するアメリカ市場において、ブランドのアイデンティティを築くためには、流行に左右されない確固たる「ファミリールック」を守り抜く必要がありました。目指すのは目先の売り上げではなく、ポルシェやロータスのように「系譜」を守り、コレクターズガイドが出版されるような「歴史に残る名車」を作ること。
初代の培った「魂」を引き継ぎつつ、内面の強さを伝えるために、アスリートのように引き締まった筋肉質なエクステリア(肉体)を手に入れる。表面的な化粧直しではなく、骨格そのものを鍛え上げる。それが2代目ロードスターが目指したデザインの方向性でした。

①NAロードスターの「ときめきのデザイン」を引き継ぎ「ファン・フレンドリー・シンプル」なもの
②100m先でも「ロードスター」であることが分かるフォルムであり、近くにくると「新型だ!」と驚くことができるもの
・FRプロポーションの良さ
・個性的な表情
・シンプルな造形
・熟成された面構成
・カスタマイズの素材
・手の届く存在
世界的な名車を手がけた日本出身の伝説的カーデザイナー。1947年長崎県生まれ。1970年に渡米し、米GMや独BMWなどを経て1983年にマツダへ移籍。マツダのチーフデザイナーとして、世界的な大ヒットとなった初代「ユーノス・ロードスター(海外名:MX-5 Miata)」の誕生に深く貢献、流麗なデザインで今なお高い評価を得る3代目「RX-7(FD型)」のスタイリングにも携わる。後進の育成にも尽力し、国内外の自動車文化に多大な足跡を残したが、2025年9月20日に逝去。
世界4拠点でのアドバンスデザインコンペ

1994年、マツダの4つのデザインスタジオ(広島本社、横浜MRY、カリフォルニアMRA、フランクフルトMRE)を舞台に、次世代ロードスターのエクステリアを巡るデザインコンペが正式に開始されました。1995年1月にはクレイモデルに移行し、各拠点のデザイナーたちは、偉大なる初代のアイコンをどう次世代へ繋ぐか頭を悩ませたのです。

もちろんユーザー間でも次世代モデルの存在はずっと噂されており、メディアでは「固定ヘッドライト」「ボディサイズの変更はない」という情報をもとに、予想イラストも溢れていました。
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フランクフルト(MRE)案

ヨーロッパからの提案は、ウエストラインを高めにとった、マッシブで塊感のあるイラストデザイン。低いウインドシールドがレトロな味を醸し出しており、後の「MG-F」(NBと同時代にデビュー)に通じるような、力強いプロポーションとエッセンスを持っていました。しかし、ロードスターの持つ「軽快さ」や「愛嬌」というキャラクターには合致しないと判断され、クレイモデル制作には至りませんでした。
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横浜(MRY)案

初代の最大のアイコンであった「リトラクタブル・ヘッドライト」をあえて踏襲しつつ、より精悍かつモダンなスタイリングに落とし込んだ案です。ボディサイドにモールのワンポイントを入れるなど、当時のデザイントレンドを感じる仕上がりでした。

1/1クレイモデルもリトラクタブルを踏襲しており、リッド(蓋)をあえて面一にしない表現を取り入れています。異形繭型のテールランプもデザイン自体はNAに即していたため、このままデビューしていれば、旧来のファンからは正統後継車として好意的に迎えられたかもしれません。サイドミラーの位置がNA基準(ホイールベース中央)になっているのも特徴的で、あくまでディメンション(諸元)は変えない意思を感じます。なお、ナンバープレートに書かれている「J07」はNBロードスターの開発コードです。
しかし、リトラクタブルの採用は、重量増とコスト増、さらに空力性能の向上やフロントオーバーハングの軽量化という「ライトウェイトスポーツの絶対正義」をスポイルするものと判断され、見送られることになりました。
このコンペにおいて、最後まで激しく火花を散らしたのが、日本の広島(MC)案と、アメリカのカリフォルニア(MRA)案でした。
日米頂上決戦、「丸目」への意地、広島(MC)案

ライトウェイトスポーツカーを守る信念を持つ広島チームが特徴的だったのは、NAロードスターと同じ5ナンバー枠(小型自動車)のボディサイズを一切変更しなかったことでしょう。彼らの狙いは「ファン、フレンドリー、シンプル」の方向性を具体的に表現し、初代が持っていた「愛着」の湧くデザインへ大きく針を振ることでした。
そこで、リトラクタブルヘッドライトがポップアップした灯火状態こそがNAロードスターの「本当の表情」であると捉え、(もちろん、フルモデルチェンジで固定式ヘッドライトへの移行が避けられないこともあり)「丸目(円形ヘッドライト)」を採用します。その意図は、初代譲りの「ハッピースマイルフェイス」であることや、伝統あるポルシェ911も丸目だったことなど、系譜を意識したデザインであるとされています。
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一次クレイモデル

シンプルなベルトラインはNA譲りですが、フロントのリップスポイラーからサイドからリアにかけて、上下セパレートするキャラクターラインを入れ(NAでチッピング塗装されていた部分)、腰高に見えないようなデザイン処理を施しています。リアは一回り大きくなったオムスビ型のテールランプと、アンダースポイラー形状が目立ちます。現在であれば黒い樹脂になりそうですが、ボディ同色だと重く見えますね。

フロントが左右非対称なのは、中央から分けてウインカーの有無を印象を確認したものと思われます。ボデイサイドのシルエットはNAそのもの。三角窓やサイドミラー、ドアハンドルがないのは、あくまで試作モデルだからでしょう。ドアの分割線もNAに準じたものになっています。
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二次クレイモデル

こちらはフィニッシュ前の状態。ボディサイドにウェッジをかけたことで、ダイナミックさが増しました。フロントグリルの大きさを確認していることが分かります。

ボディサイドのキャラクターラインを強調し、サイドシル周りを絞り込んでいきました。ヘッドライトも立体的な造形が埋め込まれ、大胆な異形ウインカーが目を引きます。テールランプもNAに準拠したサイズにもどされ、リア周りのシルエットはアンダースポイラー形状のバンパー以外は、先代との違いは少なく感じます。キープコンセプトを貫く証明ではありますが「新型車」としてみると、インパクトはかなり少ないですね。

逆にフロント周りは先代と大きな違いを感じる造形で、ヘッドランプ以外もボンネットの峰やパワーバルジがキャラクターラインを用いて強調されており、フェンダーも力強さを感じる(NCのプロミネントフェンダーのような)形状になっています。
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ファイナルクレイモデル

MRA案と最後まで協議されたこのモデルはランプ類の主張が強く、ハッピースマイルを強調していることが分かります。また、系譜を感じるパーツとしてサイドミラーやドアハンドルも、そのままNAより流用されていることが分かります。

正面から見ると分かるのですが、デザイン要素にマツダ・ファミリーフェイスの「コントラスト・イン・ハーモニー(五角形グリル)」要素を取り込みました(グリルでのファミリーフェイスは、NBロードスター後期型で実現)。もしこの「丸目案」が採用されていれば、当然のちのNC、NDロードスターの顔つきも全く違うものになっていたでしょう。

リア周りの造形は、まさにロードスターそのもの。フロント周りの最もネガティブな意見が「リトラクタブルの廃止」であったことを考えると、この広島案はファンの郷愁に応えようとした、重要なデザインスタディだったといえるでしょう。しかし、逆にフロントまわりの造形が重く感じられ、スポーツカーとしての「スピード感」を表現する点では、対抗するMRA案に一歩譲る形となりました。

ただし、この丸目案は後のNBロードスタークーペバリエーション「mm1」として、限定仕様ではありますが実現しました。
日米頂上決戦、「コークボトル」のカリフォルニア(MRA)案

オリジナルミアータ(DUO101)からずっとライトウェイトスポーツを提案し続けたMRAチーム(元MANA)は、初代ダッジ・バイパーのデザインチーフを務めたケン・セイワード氏を迎えて、全く異なるアプローチを仕掛けてきました。
NBの主査となる貴島孝雄氏やデザイン主査の林浩一氏からの要請は、「少しスポーティで男性的なデザインを取り入れる」「LWSの故郷である英国やヨーロッパでも人々を引き付けるクルマ」というオーダーでした。そこに彼らは、よりマッシブな解釈で応えました。
一次クレイモデル

彼らが提示したのは、全幅1740mmと日本国内では3ナンバーサイズ相当の「巨大なロードスター」でした。市販されたNBロードスターの全幅が1,680mm(正確には1,678mm)であることを踏まえると、62mm(104%)も幅広なサイズです。
ボンネットのパーティングラインがNCロードスターのようにヘッドライト手前で分割されていることからも、フロントオーバーハングが長いことが分かります。NAロードスターのターンランプ(ウインカー)をモチーフにした、小ぶりで薄いヘッドライトが鋭い表情を創り出していました。サイドミラーの取付位置からも、ボディが広いことが分かります。

初代ミアータのコンセプトカー「M Speedster」や同じMRAデザインのRX-7(FD3S)にならい、フレアの抑揚が極限まで強調された、古き良き「コークボトルシェイプ」を採用。一見ホイールベースが極端に拡張されているように感じますが、NA準拠なドアハンドルのサイズ、ピラーや三角窓を踏まえると、NAと共通のプラットフォームを意識していることがわかりますが、全長・全幅をワイドに振ることで強烈なダイナミズムを演出しています。

リアフェンダーからトランクにかける抑揚も量産モデルに近いイメージですが、一回り大きい造形のため大迫力かつマッシブな筋肉美を誇っていました。現行のNDロードスターの全幅が1,735mm(側突安全レギュレーションクリアのため必須要件)であり、MRA案のクレイモデルはこれに極めて近いサイズ感を持っていましたが、NBロードスターの時代において、純粋なライトウェイトスポーツが「3ナンバーサイズ」になることに、理的な理由はありませんでした。

ただ、デザインの方向性は間違いがないことから、ダイエットを行いながらも次のコンペに進みました。
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MRAリファイン

ターンシグナルの位置をバンパーサイドに移し、より完成デザインに近づきました。フロントバンパー周りのマッシブなエラの主張が大きいですね。また、ヘッドランプはより薄く造形されています。
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MRAファイナルクレイモデル

MRAの最終提案はヘッドライトをより薄く造形し、ボディサイドの抑揚をよりダイナミックにまとめてきました。フロントバンパーからボディサイド(サイドシル)に繋がるレリーフへの連続が明確になりました。また、フロントだけでなくリア周りも系譜を感じつつも「新しい」造形になっているのがお見事です。
MRA案のコンセプトは明快で、「初代の初々しさから成長した、思春期の魅力を保ちつつ、内面の強さを伝える」というもので、成長して少しだけ筋肉質で引き締まったエクステリアを求めた、トム俣野氏の哲学を見事に具現化していました。つまり、ときめきのデザインはクルマ自体も「成長」をするんですね。
日米の感性が激しく激突したコンペの結果、よりダイナミックで男性的な力強さを表現し、スピード感や軽快さを視覚的に分かりやすく表現した「カリフォルニア(MRA)案」が、ついにウィナーとして選ばれました。
MRA案をもとにしたファイナルクレイモデル
エクステリア最終モデル

MRA最終案をベースに広島でリファインをおこなったものです。よく見ると分かるのですが、MRA案からかなりダイエットしていることが分かります。アメリカの広大な大地が生んだマッシブでダイナミックなコンセプトは、次世代ロードスターの進むべき道(エクステリアの方向性)を決定づけました。
リトラクタブルヘッドライトは失いましたが、DUO101、MX729時代(※NAロードスターの先行デザイン)からの悲願だった「ヘッドライト」による表情を獲得するに至りました。

テールランプがMRA案より一回り以上大きく見えるのは、ボディ自体が小型化したからです。コンペで勝利した全幅1740mmというグラマラスなデザインを、いかにして5ナンバー枠(1,680mm)に押し込め、かつその筋肉質な躍動感やコークボトルシェイプの色気を一切失わせないか。そんな「極限のダイエット」が行われたことがよく分かります。

しかし、ここからがエンジニアとプロダクトデザインチームの本当の闘いの始まりでした。自動車業界においてフルモデルチェンジといえばボディを大きくすることが当然とされていた時代。しかし、ロードスターの命である「ライトウェイトの楽しさ」を守るため、エンジニア陣からデザインチームへ下された絶対の厳命は、「NAロードスターと絶対同じサイズ(小型自動車=5ナンバー枠)に収めること」でした。もちろん、開発エンジニアチームもネジ一本まで見直す「グラム作戦」、執念の軽量化でNBロードスターを作りこんでいました。

なお、当時のマツダの親会社となるフォードグループにおけるオープンカーのトップモデルはジャガー(XK)であり、ボトムモデルがMX-5という位置づけであったことからグループ内でのデザインの近似性を指摘されることもありますが、実際はMRAチームが古き良きブリティッシュスポーツをリスペクトし、デザインの陳腐化がないコークボトルシェイプのラインを活かすデザインにしたのが真相です。

初代から受け継がれた「魂」と、日米の天才たちの哲学が激突して生まれた新たな「肉体」。アドバンスデザインの段階で描かれたこれらの壮大なビジョンを知れば知るほど、NBロードスターが持つオーガニックシェイプの真価が、より一層輝いて見えてくるはずです。
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