ロードスターの「剛性」と「剛性感」

ロードスターの「剛性」と「剛性感」

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ロードスターはオープンカーだからボディが緩い、したがって剛性が低い、だけど屋根がない分軽い・・・そんなステレオイメージがありませんか?これらはある意味で正解かも知れませんが、異なる部分もあります。

屋根のあるコンパクトカーの諸元を確認すると、かの「990S」よりもぜんぜん車重が軽いことはザラにあるはずです。

そもそもクルマの「剛性」とは

クルマは走り、曲がり、止まります。高速、低速、悪天候お構いなしに使用されますし、開発時には想定できないような過酷な状況で運用されることもあります。したがって車格・目的に合わせた幅広い事態(マージン)に対応できるよう、基本骨格(ボディフレーム)が設計されています。

高級車であればカーボンなど高級素材も使用されますが、ボディの多くは鉄やアルミなど堅牢性と耐久性を兼ね備える金属で造られます。太く、まっすぐで、塊になっているような金属が「硬くて強い」のは想像通りですが、素材そのままでクルマを量産するのは大変です。

そこで必要な限り薄く、なるべく面を使い、時には重ねて・・・と、なるべく最小の量で立体的に加工をして、ボディフレームを構築していきます。近年はギガプレスという一体成型技術により、かつて70の構造物を組み合わせていたフレームを、ひとつの部材でプレスする・・・なんて技術革新も生まれています。


なぜ堅牢でなければいけないかは、木箱をイメージしてもらえればわかりやすいです。

そこに単にタイヤをつけてエンジンを積むとどうなるか。振動で箱は分解するかもしれないし、凸凹路になったらガクガク負担がかかり真っ直ぐ走れず、スピードなんて危なくて出せません。衝突したら搭乗者のダメージは計り知れません。

自動車として成立させるにはこういった基本要件の対策を満たさなければならず、さらに近年は歩行者保護の配慮も必要なので「壊れない」ようにしつつ、事故などの際には正しく「壊れなければ」なりません。クルマ側がつぶれることで、歩行者のダメージを軽減させるんですね。

ちなみに初期のクルマは、全て基本フレームの上にアッパーボディを載せてパワートレインを組みつける「ラダーフレーム構造」を採用していましたが、近年のクルマはフレームとボディが一体になった「モノコック構造」を採用しています。つまり、カブトムシの甲殻のようにボディ全体で「強度」を保っているのです。

そのうえで、ボディの堅牢さを示す定量的な指標のひとつが「剛性」です。

剛性とは「曲げ」や「ねじり」の力に対する寸法変化(変形)のしづらさを指す指標です。入力される力に対して変形が小さい時は「剛性が高い(大きい)」、変形が大きい時は「剛性が低い(小さい)」と表現されます。もちろん、工学的な計算式も存在します。

ただ、クルマは「走る」もの・・・つまり常に「動いて」いるので、バランスを考慮しなければなりません。単に剛性を高めるとボディは重くなり、結果として走行性能(軽快感)に影響が出ます。そこで、クルマの目的に合わせたトータルバランスを考慮してパワーユニットを選定し、重量配分を考え、足周りなどのセッティングを詰めていきます。

また、運転中のドライバーはボディ剛性以外のインフォメーションをクルマから常に感じています。むしろ、そっちの印象が強いといっても過言ではなく、サーキットのように常に高い負荷がかかり、ボディのヨレが走行性能に著しく影響が出るような話であれば別ですが・・・普段乗りで普通の人がボディ剛性を感知することは、よほどの条件がそろわない限り不可能とされています。

我々が感じているのは「剛性感」


普段乗りをしていて道路のギャップにまたがった際、「ガタタン!」とボディが揺れるシーンを想像してください。

状況を分析すると・・・路面からの突き上げがタイヤに通わり、サスペンションのスプリングやダンパーを通して、ブッシュをたわませながら振動がボディに伝わり、「ガタタン!」となります。

ここで注目したいのは、同じクルマでもタイヤの空気圧、サスの仕様(硬かったり、柔らかかったり)、ブッシュの状態(新品、熟成、経年劣化)など、様々な条件により「ガタタン!」の感じ方が違います。さらに、ボディ自体ではなくインテリアパーツのずれたチリや、トランクやダッシュボードの荷物、ドリンクホルダーの小物などが「ガタタン」と鳴っているかも知れません。

いわゆるNVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス(Noise, Vibration, Harshness))といわれるものですが、これはそもそも剛性ではなく「剛性感」といわれています。本当にボロい時もあるけれど、常にクルマがガタガタ鳴っていたらボディが緩いと「思って」しまいがちなのです。


雑に例えると、硬めのサスペンションならば振動が早めに収縮するので「ボディが硬い」と印象を受けるかもしれないし、サスが抜けていればボディはゆらゆらするので「ボディが緩い」と感じるかもしれません。半面、そのゆっくり振動が収縮するフワフワ自体が、人によっては良い乗り心地と感じて「しなやか」と思うかもしれないのです。

つまり、我々はボディ剛性ではなく自身が感じる感覚、つまり「剛性感」を感じていることになります。現実的に、サスを固くしてもブッシュ交換をしてもボディ剛性が向上することはありませんが、走りはシャキッと変わるので「ボディがしっかりしている」と印象も変わってしまうでしょう。ステアリングマウントが劣化するとステアリングセンターが緩くなるし、ドアの閉まる音が「バーン!」と軽いだけでも「ボディ全体」が緩いと感じる人はいるのです。

ロードスターであれば窓のガイドレール内のローラーブッシュが経年劣化で崩れる持病がありますが、これが発生するとエンジンの振動でも窓がガタガタ鳴ります。それだけでもボディが緩いと感じる人がいるはずです。

つまり、厄介なことに「剛性感」は人によって印象が大きく変わります。メーカーのテストドライバーであれば話は別でしょうが、普通の人の「感覚」は全くあてにななりません。ちょっとエンスー気取りなおっさんの意見なんて、馬に食わせるようなものです。


実は、先に出たNVH(騒音・振動・ハーシュネス)は、自動車の快適性における定量的な指標が定められています。

「騒音」はロードノイズや風きり音などの外部から侵入する音を、「振動」はエンジン、プロペラシャフト、ドライブシャフト、ホイールやタイヤなどのアンバランス(動いているもの)から発生する振動を、そして「ハーシュネス」は路面の凹凸による突き上げや、立て付けの悪さから来るガタピシ感などを表します。

そんな「剛性感」自体も、基準とする人とクルマが違えば評価も変わります。表現は悪いですが、高級ミニバンに慣れていればロードスターは軽くて安っぽいと思うかもしれないし、ロードスター乗りはを高級ミニバンをダルいハンドリング・・・と感じるでしょう。使用用途や目的によって、その良し悪しが変化するのが現実だったりします。

もちろんメーカーはより良い自動車を提供しようとクルマの味付けを行っており、そのギャップを埋めるのがNVH対策といえます。逆に、市販されているクルマにおいて「剛性」は必要にして十分な要件を満たしているのです。

ロードスターは「重く」て「軽い」


ここからはロードスターの話に切り替えます。現代のクルマはモノコック構造、つまりボディ全体で「剛性」を担保しているのですが、オープンカー専用ボディのロードスターには屋根がありません。

屋根がない分軽く作れるのでは・・・なんて思いますが、箱をイメージしてもらえるとそう簡単ではないことが分かります。


ボディ全体を箱ととらえて「面」で囲ってあれば、「曲げ」にも「ねじり」にも一定の耐久性を保つことが可能です。


しかし、オープンカーを想定する箱には屋根の「面」がありません。この箱を曲げたり、ねじったりとなると・・・とても簡単に潰れてしまいます。箱を重ねても、面が空いている状態で捻ってみると、驚くくらい箱の剛性が落ちることがわかります。

そこで剛性を担保するには、さらに箱を重ねたり、縦、横、斜めに補強を入れる必要が出てきます。全面を囲っていた箱と同等の強度を保つには、それなりの補強を入れなければならないのです・・・

例えば、クローズドボディをベースにしたオープンモデルであるカブリオレやコンバーチブルにおいては、RX-7(FC)が1,250kgから1,390kg(+140kg)、ファミリア(BF)が880kgから1,090kg(+210kg)、セリカ(ST)が1,160kgから1,350kg(+190kg)と、それだけの補強が必要なことが分かります。


ロードスターがそれでも「軽い」ボディになっているのは、最初からオープンカー専用のボディとして開発されていたからです。

ロードスターのボディは剛性を担保するため、なるべく「箱」になるよう組まれています。

フロアとバルクヘッドで基本的な「箱」を構成しており、屋根がない分の補強として「太いサイドシル」と「太いセンタートンネル」を採用しています。通常はただの「蓋」として機能するドアも構造材と捉え、堅牢なドアウエッジとキャッチャーを用いて、ボディサイドの「面」を補強として活用しています。


ちなみに、駆動方式も排気量も違うので単純な比較はできませんが「4座のコンパクトスポーツモデル」のクローズドボディは、ZC型スイフトスポーツが970kg、ストーリアX4が840kg、デミオ15MBが1,020kgとなっており、ボディ全体で剛性を担保できるクルマは意外なほど「軽く」仕上がっています。

また、最初からオープンボディを見越しつつ、コストをある程度かけられている718ボクスター/ケイマンなどは、1,360kg→1,390kg(+30kg)ほどの重量差しかありません(元から重いという考え方もありますが)。

もちろん注目すべきは「剛性」だけではありません。クルマを安全に・快適に性能を引き出すにはある程度の硬さと重さが必要であり、トータルバランスで考える必要があります。そのうえでロードスターは、オープン専用ボディで「軽さ」を担保するために、意図的に補強で「重く」している部分も持ち合わせて、ボディ剛性を担保しているのです。

歴代ロードスターのボディ剛性

スポーツカーは徐々に鍛えられていくもの。ロードスターも世代を重ねながらボディの熟成を重ねてきました。

剛性向上の施策としては、初代ロードスターでもマイナーチェンジ毎に「シャシー底」や「キャビンのシートベルト基部」を繋ぐブレースバーを追加してきました。さまざまな環境で運用されたことにより、走行性能を保つために年次改良がフィードバックされていったからです。(※余談ですが、パワープラントフレームは剛性向上ではなく、あくまで起動ロスを減らすためのパーツです)

参考→https://mx-5nb.com/2020/08/17/power-plant-frame/


また、ボディ剛性の話とは少しずれますが、ダブルウィッシュボーンのロードスターではサスペンション基部を支えるストラットタワーバーは意味がない(ストラットではないので支柱をつなげる意味がない)という意見もあるようですが、それはそもそもの考え方が違います。振動するエンジンの上を跨いで、サブフレームと合わせて立体的にボディを固める意図があるからです。

タワーバーはサスペンションのローカルな剛性を上げるもので、ボディ剛性が上がるわけではない。基本的にどんな足でも補強はある方がいいけれど、全てのグレードに補強を付けたら重量やコストが問題になる。ジムカーナやレース、峠などの激しい乗り方ならいいけれど、普通の人は大人しく乗っているのだから、タワーバーが必要な領域にならないので、付けるのは勿体ない。VSとRSでは乗り方が違う前提でセットを決めるため、乗り味に合わせてサスペンションも選択した。

参考→https://mx-5nb.com/2020/05/11/kijima2018-6/

しかがって、純正ストラットタワーバーは驚くほど「重く」「硬い」ことがわかります。1gでも「軽さ」を重視してきたロードスターが重くなってでも必要とみなしたから備えているパーツであることを開発主査は語っていました。

NBロードスターではフルモデルチェンジ(実質のビッグマイナーチェンジ)の際に、メーカーでしかできない対応ということで、ボディ基部に各種ガゼット(補強板)を追加しました。逆に、先代と同等の剛性が担保できたことからキャビンのブレースバーは廃止しています。また「剛性感」に大きな影響を与えるAピラーの振動を抑えるため、ピラー基部にも大きな補強が入っています。

後期型の「走りのグレード」になるRSとNR-Aには、各種ブレースバーの強化とともに、プロペラシャフト/パワープラントフレームのトンネル部分を補強するトラスメンバー/トンネルメンバーを追加して、ボディにあいた空間を補強しています。余談ですが、ロードスタークーペは屋根が繋がっているので、バランスを取るためにボディ下部のブレースバーをいくつか撤廃しています。

NCロードスターになると解析技術の向上や高張力鋼板の使用などアップデートされた技術から、NA/NBとは別格のボディに仕上がっていて、発表されている数値でも別格であることがわかります。

面白いのはNDロードスターの開発思想です。NDは当初から「感」というキーワードを用いて、公的に「剛性」の数値は余程探さないと見つけることはできません。

つまり、堅牢なボディではありますが強度や数値を追求したのではなく、感覚・・・つまり「剛性感」を高めるアプローチの開発をおこなっていったと公式にアナウンスしているのです。安全性能や走行性能に関わるキャビンなどの必要な部位の剛性は向上させつつ、ボディに入力される物理的な力を解析し、適切な硬さ(=しなやかさ)を兼ね備えた乗り味を追求しているのです。

公示されているデータを並べていくと、歴代ロードスターだけでも下記のような差になります。

剛性 NA NB前期 NB後期RS系
先代比 NA比 先代比 NA比
曲げ剛性 100% 7% 107% 16% 124%
ねじり剛性 100% 1.50% 102% 22% 124%
剛性 NA NC ND
先代比 NA比 先代比 NA比
曲げ剛性 100% 22% 151% 17-19% 177%
ねじり剛性 100% 47% 182% 9% 198%

ただ、繰り返しますがクルマはトータルバランスです。ここに上げている数値はクルマ止まっているときの数値(静剛性)であり、様々な荷重がかかって変化するNVHを踏まえたうえで、人の印象・・・つまり「剛性感」は変わってくるので、それらがチューニングされています。

それを踏まえても、NC以降のロードスターが「別物」と感じるのは数字の上でも明らかです。初代ロードスターを100とするならば、NC以降の飛躍的な向上が分かるからです。残念ながら「しっかりしすぎていた」からこそ、NCデビュー時にはネガティブにとらえられました。今でこそ語られるようになりましたが、NAやNBのロードスターはゆるい「剛性感」が結果的に「軽快感」に繋がっていたのでした。

その反省を活かしNCロードスターのマイナーチェンジや、NDロードスターの開発では徹底的に「剛性感」が作り込まれました。したがって、ND初期型の軽いステアリングも軽いドアも全て剛性感の演出です。

ボディ剛性の数値だけで見ると、NDロードスターは初代からダブルスコアに近いもになっています。それでいてトータルの車重が「軽い」のですからNDの凄さが分かります。

試してほしい、ハードトップ(DHT)


最後に、よほどのことが無いと普通の人がボディ剛性を感じることはできないと書きましたが、NA~NCロードスターにはひとつだけ明確に知る方法があります。それはハードトップ(DHT)の装着です。それも他人のクルマではなく、自分のクルマへの装着です。身をもって蓄積していた環境でないと、本当の意味で違いは分かりません。

ハードトップはバスタブのようなロードスターのキャビンを、クローズドボディに近しい方式でガッチリ固めるので、同じクルマでも乗り味が大きく変わります。もちろん30kg近い重量物が被るのでアクセルレスポンスが若干重くなるし、重心も上がる感覚を得ますが・・・ハンドリングのシャープさは明らかに向上します。ちなみに曲げ剛性で+87%、ねじり剛性は+12%と向上するので(NAロードスターの装着時)、数値的にも大幅に変わることが分かります。

ただ「どちらが良い?」となると、それは個人の好みでしかありません。シャープさの反対には、オープンドライブのゆるさ(=軽快さ)があるからです。ただ、ハードトップのメリットは対候性や防犯性の向上だけではなく、ラップタイムを刻む必要な要素であることも納得できます。なお、幌を外せば重量増は±ゼロになるのもポイントです。

ハードトップはロードスターの特権なので、機会があれば自分のクルマで剛性の違いを感じてみてください。その際にガタガタギシギシ鳴るのはあくまで「剛性感」です。きちんと異音対策も忘れずに!

関連情報→

ハードトップ(DHT)「ひとり脱着」と異音対策

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