新型FRにパワープラントフレーム(PPF)がない訳

新型FRにパワープラントフレーム(PPF)がない訳

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新世代FRプラットフォーム


マツダ渾身の新世代プラットフォーム第一弾として登場した「CX-60」。プレミアムクラスSUVとはいえ、縦置きエンジン+FRというパワートレインは気になる方も多いのではないでしょうか。

最上モデルが積む直6ディーゼルターボエンジンは231馬力と、一見実用スペックかと思いきや・・・トルクは500Nmととんでもないことになっています。これって「フェラーリF50(471Nm)」よりも踏ん張るのですから(※ちなみにF40は577Nm)、こういったクルマが量産されサクッと買える現在は、凄い世の中かもしれません。


また、Cついに採用された新世代ラージプラットフォーム「SKYACTIVマルチソリューションスケーラブルアーキテクチャー(名前が長い・・・)」は、FR駆動を採用した割には見慣れたアレ、ミッションとデフを繋ぐプロペラシャフトの背骨のような、おなじみのパワープラントフレーム(PPF)が採用されていなようです。

ちなみに「これはスポーツカーじゃないから不採用」ではなく、けっこう当たり前の事だったりします。

マツダFR、パワープラントフレーム(PPF)の役割


パワープラントフレーム(PPF)で誤解されがちなのは、「フレーム」と呼称すること。素人考えではブレースバー的な役割を連想してしまいますが、実は車体剛性を向上させるパーツではありません。

FR車においてクルマが発信する際、駆動力によりフロントが下がり・デフが持ち上がる「首振り現象(たわみ)」を抑えることが目的であり、いわばミッションとデフを直結させるパーツです。そもそもはトルクの細かったロータリーエンジン車用に技術検討していたもので、100馬力程度しかないパワーの駆動ロスを解消するために、先行してNAロードスターに採用されたという経緯があります。


パワープラントフレーム(PPF)無しと有りで比較した場合、マウントスパンで6倍、デフケースの首振り方向のピッチング剛性では36倍に相当する役割を果たすとされています。つまり「踏んだら進む」クイックなアクセルレスポンスはパワープラントフレーム(PPF)の恩恵といえるでしょう。

さらに前後をフレーム直結したことで従来のよりも少ないマウントでパワートレインを固定することができました。結果、メンバーの簡素化やパーツ点数を減らせたのでコストダウンや軽量化にも寄与しているのです。

パワープラントフレーム(PPF)のデメリット


普通に街乗りしているだけならば全く問題がないパワープラントフレーム(PPF)にもデメリットは存在します。

平井さんはこの理論を理解して、ロードスターのPPF制作をエンジン部門に提唱してくれたけど、先方では「こんなバカな構造が出来るか」と聞く耳を持たなかった。平井さんは、そんな彼らを説得するのに時間をかけるなら、私がやれと指示をしてくれた。図面管理や実験は向こうで行うのだが「こんなものは出来ません、ミッションが壊れます」といってくる。私は、その(解析)モデルがおかしいと説明した。

その頃はFEM計算(シミュレーション)で最悪値を算出するけれど、最悪過ぎて壊れるようなモデルで計算をしていた。両端支持構造を片持ち支持で計算するから、そもそもモーメントの取り方が違う。彼らも「ギアや歯車」はやるけれど、「張り」や「面」については意外と詳しくはなかった。私の計算データでやっと納得をしてくれたのか、それで押してくれることになった。

貴島さんインタビューより→https://mx-5nb.com/2020/04/29/kijima2018-1/

上記はパワープラントフレーム(PPF)開発時の回顧録ですが、当時の駆動系設計チームによるシミュレーションにおいてPPF構造は「エンジンブロックが破損する」と解析されていました。理由は、最悪のケースともいえる「エンジンを固定・デフケースから全トルクを入力」した想定だったからだそうです。

そこで、ラバーマウント剛性の両端支持構造シミュレーションを要求したのですが、当時ロードスターは正式プロジェクトでは無かったので本気で取り合ってもらえず、自分で構造計算を行ったのが実情だそうで・・・結果、使用要件が認められ、ロードスターやセブン(FD)、エイト(SE)にも引き継がれた、マツダスポーツカーの屋台骨ともいえる技術になりました。


ただ、この話は別の側面も見えてきます。最悪のケースとはいえ「壊れてしまう」パターンにヒントがあります。

パワーユニット(エンジン)は「回転運動」を駆動力に変換し、タイヤに伝えていきます。例えばNA/NBロードスターの縦置きB6エンジンは時計回りでクランクシャフトが回っているのですが、正面からクルマを見た際に「ジャイロモーメント」という反時計回りに向かう反作用が発生します。(ロータリーはこれを避けるため、より車体の中心へ、さらに低くマウントするフロントミッドシップレイアウトにしています)

基本、エンジンはラバーマウントに乗せられて常に「揺れている」ものですから、失敗シミュレーションのようにエンジンをがっつり固定するとパワープラントフレーム(PPF)の結合部分に振動がおきて、エンジンブロックを破損してしまううのは当たり前なのですが・・・

実はセブンやロードスターをハイパワーにチューニングすると厄介な現象が起きていました。

ある程度のブレは対応できても、エンジンから発生するパワーやトルクが想定よりも大きすぎるとパワープラントフレーム(PPF)の結合部がねじれてしまい、トランスミッションの入りが悪くなってしまうのです。強化エンジンマウントやエンジントルクダンパーは、こういったチューニングに対応するためのものです。NBロードスターもRS(NR-A)系やターボでは強化エンジンマウントが採用されています。

つまり、パワープラントフレームは駆動ロスを補うための技術ですが、クルマにパワーがありすぎると単体ではデメリットも発生してしまうのです。(もちろん、増大したパワーを受け止めるために、足周りなど総合的な強化が必要)

新マツダFRにパワープラントフレーム(PPF)は必要ない


話をCX-60に戻しますと、鬼トルクの直6エンジンを積んでいることもありますが、プラットフォームに「マルチソリューション」という文言があるとおり、将来的にはモーターやPHEV、レンジエクステンダーなど様々なユニットが搭載できるようになっています。しかも、ラージサイズですからホイールベースはそれなりの長さであり、それらを踏まえたうえでの強固なフレーム設計になっていることが見受けられます。

繰り返しますが、パワープラントフレームは剛性向上ではなく駆動ロスを減らすための技術。これが最初から解消されているのであれば、わざわざパーツ点数を増やす必要はありません。


そうなると、(本当に出るか分かりませんが)同プラットフォームと噂されている直6FRにもパワープラントフレーム(PPF)は採用されないかもしれません。実際、マツダFRのアイデンティティともいえたパワープラントフレーム(PPF)なので、正直その片鱗を見たかったと思ってしまう反面、アイコン的な扱いならば潔く無い方が、気持ちいいともいえます。

市販のビジョンクーペ、果たしてどうなるのか・・・楽しみですね!

関連情報→

ロードスター・パワープラントフレーム(PPF)

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