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砂場にたたずむ本物の「赤いスポーツカー」
2013年4月24日、それまでのリーマンショックおよび東日本大震災に由来する停滞ムードから一転、アベノミクス3本の矢(金融緩和・財政出動・成長戦略)の期待によって、日本経済は大幅な(かりそめの)回復基調を迎えていました。
そんな折、東京都多摩市にあるショッピングモール・クロスガーデン多摩において、大型アミューズメント施設「namcoクロスガーデン多摩店」がオープンしました。
ナムコといえばアミューズメントにおける王者のひとり。そんな同社がてがけたこの店は、アーケードゲーム、メダルゲーム、クレーンゲームと色とりどりのアミューズメントマシンを用意し、幅広い年齢層を楽しませるのがコンセプト。さらに、親子で楽しめる時間課金施設「あそびパーク」も併設されました。
あそびパークの目玉は、抗菌ホワイトサンドを採用した「室内で楽しめるだだっ広い砂場」。そこでは来場者が皆で楽しめる遊具や、ドラえもんの空き地を連想する土管、そして【赤いスポーツカー】が置かれていました。
そう、【本物のNBロードスター】が置かれていたのです。
砂間のNBロードスター、ディティールをチェック
設置されているNBロードスターを分析をすると、NBロードスター前期型(NB1)のNB6Cマニュアルトランスミッションモデルであることが分かります。
左右ドアは取り外されており(※後にフロントガラスも取り外される)、ドア開口部に存在したであろうストライカーやドアパネルダブテイル、その取付けホールなど突起物が埋められていることと、塗装の質感が均一であることから恐らく全塗装されているようです。
さらにAピラー頂点にクラッシュパッドが貼られていたり、ピラー周りのゴムモールも衝突対策として残されていることが分かります。
4本スポークステアリング&メーターパネル(色と指針)がNB6Cである証。また、ショップオプションだった木目オーディオパネルやスカッフプレートも残されているので、ベースはMpackage/SPackageグレードにオーナーの手が入った個体のようです。
ワイパー/ウインカーレバーをはじめ、もちろん幌は取り外されています。リアバルクヘッドから左右シートの隙間を埋めるようにクッション材が詰められ、全体を覆う大型ソフトトップカバーが敷かれています。可能な限り突起物を無くしてシートの底まで「隙間」を埋めているのは、遊具として最大の配慮でしょう。(純正シートが砂まみれなのはショックな写真ですが・・・)
また、クルマを運転する「感覚」を味わうためでしょうか、シフトレバーやステアリング、オーディオやエアコンパネルのスイッチなど、可動する部位はある程度残してあります。サイドブレーキを外すのは難儀だったのか保護材でぐるぐる巻きにされていました。
フロントグリルの奥はもちろん閉じられていますし、(経年劣化で若干黄ばんでいても)特徴的なヘッドライトもそのまま活かされています。NB前期型ヘッドライトはリフレクターの造形がキラキラしてカッコいいので、サイドウインカーも含めてバルブも外さずに残してあります。
面白いのは、NB6ではレアアイテムになるフロント/リアのマッドフラップが取り付けられていること。もちろん突起物対策としてとしてネットが貼られているのですが、よく考えたらタイヤハウスをじっくりのぞき込むのは「大人」だけな気もします・・・
ボンネットとトランクには「のぼらないでね」と掲示してありますが、キッズには関係なくよく砂まみれになっていたようです。また、開業当初はフロントガラスが付いていましたが、後に取り外されています。
なぜ、NBロードスターだったのか?
なぜNBロードスターが砂場に採用されたのか・・・を考察してみると、なるほど好条件であることが分かります。
分かりやすいスポーツカープロポーションであり、オープンカーなので乗降しやすく、ハッピースマイルフェイスなので愛着が湧きやすい。そして目を凝らせば街で本物が走っていたからではないでしょうか。
さらに大人目線で2013年はスポーツカー冬の時代。ロードスターはとんでもない「底値」で投げ売りされていました。1998年のデビューから数えて10年落ちのNBロードスター前期型(NB1)は当然として、NAロードスターですら10万円以下でオーナーになることも可能だったのです。そこで、NAのリトラクタブルヘッドライトよりも「表情」が分かりやすいNBロードスターが選択されたことも納得できます。
遊具として安全承認を得るハードルはあったでしょうが、分かりやすいスポーツカーで安価に手に入る。クルマの走行性能を潰してでも遊具に改造するに十分な存在だったのでしょう。
余談ですが、ナムコは【ユーノスロードスタードライビングシミュレーター】や【リッジレーサーフルスケール】といった、そもそもロードスターを気にかけてくれるメーカーだったので、この選択が自然だったのかも知れません。
正直、カプチーノやビート、コペンは遊具としてもう少し迫力が欲しいサイズですし、S2000を潰して砂場に持っていったらバチが当たりそうです。MR-Sはアリかも知れないけれど「表情」ではNBロードスターの方が一枚上手な気もしますよね(偏見)。
子供たちに尽くした、NBロードスター
「namcoクロスガーデン多摩店」は鳴り物入りで登場しましたが、2020年8月30日をもって残念ながら閉店を迎えています。室内で幼児が遊ぶに十分で人が少ない「穴場」とレビューされてはいましたが、コンシュマー(家庭用)とアーケードゲームの境はほぼなくなったことや、ショッピングモールの客層と施設設備が微妙にマッチングしなかったことにより、年々入場数の減少が顕著になっていたのです。
決定打となったのは、2019年4月に別フロアへガチンコ競合するキッズ対象の屋内遊技場ができたことと、2020年の新型コロナウイルスによる行動制限です。当時を思い起こすと出かけたら非国民扱いでしたし、抗菌ホワイトサンドといわれても砂場で子供たちを放置して遊べるような雰囲気ではありませんでした。
2023年現在、行動制限も緩和されたことにより少しずつアミューズメント施設の復活は始まっていますが、当時の経営撤退は仕方なかったものと思われます。仕方ないこととはいえ、残念な終わり方でした。
さて、砂場にあったNBロードスターですが・・・その後の消息は不明です。
施設ができた2013年頃はエコカー減税により旧車が潰されまくり、不人気スポーツカーはごみのような扱いだった時期。このNBロードスターは意外な用途で生き残り、子供たちに十分遊んでもらえたと思えば・・・いちロードスターとしてリスペクトに足る存在だったと思うし、砂まみれであっても幸せだった気がします。
ファン・フレンドリー・シンプル。これは旧来のマツダ・ロードスターにおけるデザインコンセプト。その通り、砂場で子供たちのために尽くした、偉大なNBロードスターのご紹介でした。
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