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本トピックはトヨタのライトウェイトスポーツ「MR-S」の小特集シリーズです。なお、トヨタでは当時「MR-S」を「ライトスポーツ」としていましたが、当サイトでは「ライトウェイトスポーツ」の表現に統一しています。
前回の記事はこちら → https://mx-5nb.com/2023/08/21/mrs_2/
トヨタのミッドシップ、3世代目の開発背景
1980年代、スポーツカーではなく「スポーティーカー」というコンセプトから始まった初代「MR2(AW型)」は、あらゆるユーザーに気軽にドライブを楽しんでもらうことを目的とした、ライトウェイトスポーツから始まりました。
クルマでモテた時代のミニ・スーパーカールックは想定以上のスマッシュヒットとなり、企画は成功しました。しかし、当時のスポーツカーにおけるユーザーニーズはモアパワー。「MR2」も例に漏れず、進化をおこなう度にハイパワー化していきました。
その顕著な例がスーパーチャージャーの搭載であり、1990年代の2代目「MR2(SW型)」にはターボモデルも用意されました。結果、MRのトラクションを活かした「日本一の加速力を持つスポーツカー」への進化を遂げていったのですが、高性能を追求する先には「ユーザーの手に負えない」領域が待っていました。
そして迎える3代目開発時、すでにバブル経済が崩壊した日本および、世界のニーズは「環境」がキーワードになってきました。クルマにおいてもそれは例外ではなく、各メーカーがしのぎを削って「とにかくパワーを上げた」フラグシップスポーツ(280馬力戦争)郡も、数年先のエミッション規制(環境規制)で終了のカウントダウンが始まっていました。
そんな時代を迎えるうえで、ミッドシップスポーツが生き残るためにはどうすればいいか。
導き出された結果は、「ハイパワーはスープラに任せればいい。スペシャリティはセリカがある。MR2は原点に立ち返ろう」というものでした。営業的な都合でいえば、フルラインナップメーカーであるトヨタにおいて、実質最後のセクレタリーカーとなったサイノスコンバーチブル(1995)とラインナップ統合する意図もあったでしょう。
次世代MR2のコンセプトは「人が楽しむためのクルマ」。トヨタ初の【オープン専用ボディ】のミッドシップ・ライトウェイトスポーツとして再出発を図ることになりました。
なお、海外では継続して3代目「MR2」シリーズとされていますが、車格が大きく戻ることと既存オーナーに対する配慮から、国内ではブランニューな「MR-S」と名前を変更しました。「MR-S」とは「Midship Runabout Sportsopencar(ミッドシップ・ランナバウト・スポーツオープンカー)」の頭文字、エムアールエスと読みます。
密かに「MR」シリーズの”Second(2番目)”、つまり「MR-2」という洒落た意味もあるとか・・・
1)人が楽しむためのクルマであるという基本に立ち返る。
・人が主人公でクルマはツールであるという当たり前なことをはっきりさせる。
・普段の走行条件で十分楽しめることを第一に考える。
→サーキットはもちろん通常走行でも楽しいクルマを目指す。
2)基本的に性能のよくなる構成を追及していく。
・軽量ボディー、車両レイアウト、ホイールベースの設定など。
3)プレステージ性を求めるのではなく、個性発揮の有用なツールを目指す。
・選べる内外色や、カスタマイジングの容易性を考えた設計など。
1トン切りを達成しなければ次はない
直前に制作されたコンセプトカー「MR-J(1995年)」は、「ロングホイールベースと軽量化」という糸口を持ってスペシャリティカーとしての方向性を模索したのですが、フェラーリのようなハイパフォーマンス・スペシャリティにはなり切れず(それを目指すのは現実的ではないし)、中途半端な大衆化では「トヨタがやること」「ミッドシップであること」の意義を明確に打ち出せませんでした。
そこで、次の実験車では「常用域で楽しめる」ことに商品性をおきました。
デビュー時にモチーフは「トヨタスポーツ800」をイメージしたとしていますが、目指したものは明らかにライトウェイトスポーツとして企画された初代「MR2」への原点回帰。スープラやセリカとは違ったユーザー層へ、アフォーダブルな(手が届く)存在として成功したクルマ「ユーノスロードスター」をベンチマークに、トヨタ初の2シーターのオープンボディという道を選択しました。
しかし、この段階でも次期型MR2の開発許可は得られませんでした。
達成目標は車両重量「1トン以下」。つまり【MR2をオープンにしながら200kg以上軽量化する】ことが達成できなければ、このプログラムは終了にすると開発チームへの通知が下りていたのです。
「MR-S」のメカニズム
プラットフォーム
1トン切りを目指すにあたり、まずはクルマのコンパクト化が必要でした。
そこでプラットフォームはセリカとの共用から脱し、開発中だったトヨタ次世代FFコンパクトカー用「NBCプラットフォーム」をベースにしました。NBCとはニュー・ベーシック・コンパクト(New Basic Compact)の略称であり、初代「ヴィッツ(ヤリス)」や「プロボックス」などの名車を生んだもので、その進行方向を前後逆にしてMRレイアウトにするのです。
また、パワートレインは中川齊チーフエンジニアが同時に手掛けていた7代目「セリカ(T230 型)」のものを共用。
ヤマハチューンのVVT-Liが搭載されたSSⅡグレードの「2ZZ-GE」型ではなく、より軽量なSSⅠグレードと同じ「1ZZ-FE(140ps)」型を選択しました。吸排気系の取り回しからセリカより-5psとなっていますが、これは中回転域のトルク特性を高めることに繋がっています。余談ですが、これらのエンジンは「ロータス・エリーゼ」にも採用されています。
トランスミッションは5MTを採用。ショーモデルではSMT(セミオートマチックトランスミッション)が載せられており、これは後にモデル追加されていくことになります。
ホイールベースはSW型MR2から+50mmの2,450mmに再設定、ロングホイールベースのデメリットになりうるヨー慣性モーメントを低減させるため前後オーバーハングはばっさりカット。全長は3,885mm(-285mm)となりました。前後重量配分は42:58で、「MR2」が43:57だったので若干後ろ寄りになっていますが、結果としてトラクションに貢献しています。意外なことにボンネットはスチール製(鉄)でそれなりに重いのですが、コストを下げられることと重量配分関係での選択でしょう。
足周り
足周りのベースになるのは2代目MR2で「究極のストラット」として熟成されたサスペンション(フロントはマクファーソン、リアはデュアルリンク式マクファーソン)です。
さらに、当時の新進気鋭FR車「アルテッツァ(現レスサスIS)」より始まった、トヨタ・スポーティ・サスペンションの乗り味を実現するため、見えないところにお金がかかっています。
特徴的なのは異例なほどの長巻バネを採用していること。通常の純正サス・スプリングは3~4巻きといったなかで、「MR-S」はフロント6巻き、リアが8巻きとなっています。これはスプリングが奇麗に動くだけでなく、ダンパーにかかる荷重も一定に近くなるので、全体的に「しなやかな動き」に繋がります。
また、先代に習い、前185/55R15/後205/50R15とミッドシップならではの前後異形タイヤが採用されました。
なお、ストラットサスペンションはトヨタの「セリカ/カローラ」はもちろん、「ランエボ」や「インプレッサ」などWRCのようなハードなステージで戦うクルマがすべからく採用している「戦うサス」であり、当時のトヨタは世界一速いWRカーを持つチームのひとつとして高い信頼がありました。
軽量化
「1トン切り」という市販目標のハードルが明確だったため、軽量化のために割り切りも行われました。ボディシェルにおける剛性確保のために、メンバーブレースは基本的にストレート形状のスペースフレームで構成され、前後オーバーハングは衝撃吸収に対応するための最小限のメンバーに抑えています。
顕著なのがリアトランクで、オーバーハングを削ったことで搭載は断念されました。代わりに座席の裏面に荷物入れの広いスペース(78リットル)が設けられており、これはコンセプトカー「MR-J」と同じく、衝突時のクラッシャブルゾーンとしても機能しています。
みっちり詰まったエンジンルームのメンテナンス性はあまり良いとはいえませんが、ミッドシップ車のロマンといえるでしょう。結果、フルスペックで「960kg※と目標値を達成する目途がつき、99年に向けた市販化のGOサインを得られることができました。※エアコンレスモデルの車重。エアコン有りで970kg
1997 TOYOTA MR-S Concept
1997 TOYOTA MR-S Concept
99年の市販化に向けたデビューの前に「何にも似ていないクルマを作る」とコンセプトデザインも進められ、1997年の東京モーターショーで「MR-S」コンセプトがお披露目されています。
デザインモチーフは次世代「トヨタスポーツ800」。「シンプルでピュアなデザイン、クールなエモーションを再現したかった」と、森俊紀チーフクリエイティブデザイナーは言葉を残しています。なお、いかにもヨタハチ的なレトロデザイン案は早々に却下したそうです。
インテリアデザインはパイプと縁をモチーフにした、やはりシンプルなデザインで「ガレージにポツンと佇む姿が似合うような、シンプルで高質な美しさ」と、担当した藤原裕司デザイナーは語っています。
制作はイタリアのカロッツェリアCECOMPが担当し、水平貴重なプロポーションからフォルムに溶け込ませたサイドエアインテークが秀逸で、もちろんきちんと走れるプロトタイプモデルとなっています。
ちなみに、このモーターショーでは次世代「マツダロードスター(NB)」が世界初公開されました。スポーツカーファンの界隈ではオーソドックスなロードスター(代り映えしない・・・)に対して、トヨタが本気でロードスターを潰しにか掛かると囁かれましたが、ショー自体は初代「プリウス」の発表が大きな目玉になりました。
「MR-S」量産デザイン
1997 TOYOTA MR-S prototype
97年のコンセプトカー発表より早く、トヨタ本社・第2デザイン部では量産化開発がスタートしていました。まずはコンセプトカーに設計要件を織り込みながら、イメージを変えずにプロポーションの変更を行いました。
開発チーフは永津直樹氏、エクステリア担当は藤原裕司氏、金子唯雄氏、インテリア担当は長塚周二氏、カラー担当は倉家雅一氏です。量産デザイン初期ではコンセプトデザインと同じグリルになっていますが、ここからさらにシェイプアップをしていきました。
1)タイヤが4隅に踏ん張った印象のレイアウト。
2)カウルフォワード及び運転席の前方配置(ドライバーの視点がホイールベース中央付近にあり、前後のタイヤ位置が把握しやすく、クルマをコントロールしやすいメリットもある)
3)スマートにニつ折りに収納できるソフトトップを備えた、ウェッジシェイプのオープントップデザイン
エクステリア
1999 TOYOTA MR2 SPYDER「MR-S」
コンセプトカーから引き継ぎ、エッジの効いた前後シンメトリーデザインは健在で、一見して目立つ違いはサイドインテークだけに見えるかもしれませんが、量産モデルはボディ全体の面の張り(表情)が豊かになっています。面白いのはショルダーの断面で、直線基調に見えますがフロントフェンダーからの線とリアフェンダーからの断面がドアハンドルのうえで交差・融合しています。
特に曲面主体のデタッチャブルハードトップを装着するとイメージは一変し、恐ろしく色気があるクーペが出来上がります。なお、海外では最初からクーペスタイルで乗られることも多く、販売スタート時からDHTは用意されていました。このクルマにかけるトヨタの本気がうかがえますね。
また、実はコンセプトモデルから一番変わったのはオーバーハングの寸法で、衝突安全性能を確保すべくフロントを65mm延長しています。一方で、リアはさらに切り詰めて全長は+35mmにとどめています。
また、通常のモノコックボディでは剛性確保のためにピラーからリアフェンダーにかけての外板は溶接されることが多いのですが、全外板がボルト留め(ボルトオンフェンダー)になっています。よって、アフターマーケットでのモデファイも容易になっているのです。マツダ「AZ-1」やスズキ「ネイキッド」、ダイハツ「コペン」など軽自動車で採用されることはありますが、小型車では珍しいものといえるでしょう。
世界一美しい「幌」
トヨタが初めてライン生産するオープンカーになるので、幌は「オープン状態で最も美しいデザイン」を目指しました。Aピラーの頂点にアール(丸み)があるのはその一例で、さらに折りたたみ方として「Z折り」を採用しました。これが幌を畳んだ状態でも内面が露出しないので、トノカバーが不要になるオープンカーにおいては革命的なデザインでした。
強いて弱点を書くならば、アフターパーツにおいてロールバーの選択肢が限られることくらいです。余談ですが幌の量産はマツダロードスターと同じく「東洋シート工業」が行っており、その機構はNC、NDロードスターにフィードバックされています。
インテリア&カラーコーディネート
インテリアはブロックモジュール構成になっており、メーターや空調ダイヤルなどに真円を用いて、スポーツカーらしい精密感を提供しています。円のモチーフはインパネの断面やパイプ状のアシストグリップなどにも採用されています。
面白いのはシートカラーで、メーカーオプションとしてベーシックな「黒ファブリック」だけでなく、少しトーンを抑えた「赤(くれない色)」「黄色(ひまわり色)」も選択できるようになっています。
デフォルトのボディカラーは白、銀、赤、黄、青、黒、ライトグリーンの7色。テーマカラーは「MR-S」専用色のライトグリーン「グリーンマイカメタリック」ですが、「スーパーレッドV(赤)」もMR-S用に開発されたボディカラーです。初期プロモーションでは情熱的なフラメンコに合わせた、気持ち濃い目なCMが流されました。
そして初代「MR2」から引き継いだのがフロントエンブレムのモチーフ(ペットマーク)。ミッドシップ・スポーツの伝統を守る意思として、国内仕様のみ「鷲のマーク」が再び採用されています。なお、国内名は「MR-S」、欧州は「MR2 ROADSTER」、北米・豪州は「MR2 Spyder」という名称になっています。ちなみに、欧州市場ではもともと「MR2(SW型)」にターボの設定がなく、ライトウェイトスポーツとなったニューモデルとのイメージ的なギャップもないため、「MR2」の名前を継続したそうです。
ある意味での割り切りもありましたが、トヨタクオリティのオープンカーに付けられたプライスタグはエアコンレス・パワーウインドウレスのベースグレードで168万円。ABSやエアバッグなど安全装備が全部入りかつ、ボディカラー7色×インテリアカラー3色の全21バリエーションを誇りました。ライバルとなるNBロードスター(NB8)のSグレードが218.5万円(※NB6は177万円)ということで、かなり戦略的な価格設定といえるでしょう。
そして「スープラ」「セリカ」「アルテッツァ」とともに【トヨタスポーツカー4大ラインナップ】としてプロモーションがスタートしました。
続く
TOYOTA MR-S(ZZW30) 1999 | ||||
車格: | オープン・カブリオレ・コンバーチブル | 乗車定員: | 2名 | |
全長×全幅×全高: | 3885×1695×1235mm | 重量: | 960kg※ | |
ホイールベース: | 2450mm | トランスミッション: | 5MT | |
ブレーキ: | ベンチレーテッドディスク | タイヤ: | F:185/55R15 R:205/50R15 | |
エンジン型式: | 1ZZ-FE | 種類: | 水冷直列4気筒DOHC | |
出力: | 140ps(103kW)/6400rpm | 燃費(10・15モード) | 14.2km | |
トルク: | 17.4kg・m(170.6N・m)/4400rpm | 燃料 | 無鉛レギュラーガソリン |
※エアコンレスモデル エアコンありは970kg