あの時、NDを買わなかった理由

あの時、NDを買わなかった理由

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NDロードスターのプロローグ

今から約10年前・・・2014年9月4日(木)に舞浜アンフィシアターにて、NDロードスターの「デザイン」を公開する公式イベントが開催されました。当時、メーカーがメディア(プレスリリース)ではなく、ファンに向けたデザイン発表を優先させたことは異例であり、マツダの心意気には誰もが驚きました。

カッコいい?カッコ悪い?予想通りだった?想像を超えてきた?

様々な感情が会場の空気を乱すなか、噂の絶えなかった4代目ロードスターの「実物」が目の前に現れた際、会場の誰もが言葉を失ったのでした。もちろん参加した誰もが大満足の素晴らしい企画でした。そして翌年の春、ついにNDロードスターはそのままのカタチで市販されたのでした。

参考→https://mx-5nb.com/2020/10/12/nd_pre-release/

成功が約束されていた、時代背景


デザイン発表後のNDロードスターは噂にたがわぬ素晴らしい出来ということで、試乗を行ったメディアレビューでは基本的に大絶賛でした。もちろん「解説が説教臭い」「着座位置が中央ではない」「ロールが深い」「テールやサイドウインカーのカタチが違う」「可愛くない」などの意見もありましたが、些細なもの。基本的には総出で「最高傑作」と販売前から期待値が加速されていきました。

当時の時代背景もポジティブに働きます。

少し前のリーマンショック(2008年)では全世界不況が起き、自動車には経済性や環境性能が求められました。そこで持ち上げられたのはリッター何キロ走るかを競うエコカーや、積載性やユーティリティ能力の高いミニバンであり、対極にあるスポーツカーは「悪」でした。とりわけオープンカーは贅沢の象徴として、正直厳しいまなざしを向けられていたのです。

参考→https://mx-5nb.com/2023/02/01/unjustified-evaluation-of-mx-5/

ロードスターの視点であれば、2012年にフルモデルチェンジ予定だったNDロードスター(仮)の計画はキャンセルになりました。それでもNC3ロードスターとしてライトウェイトスポーツを「延命」してくれたマツダの英断に助けられた事実があります。

しかし、実は良かった点もあります。ロードスターに限らずあらゆる中古スポーツカーが底値となり(100万もあれば超程度のいいNA/NBロードスターを購入できた)、NDロードスターの開発計画はゼロリセットされ、改めて現行型のコンセプトに醸成されていきました。

また、2011年の東日本大震災で日本は変わりました。「いつもの日常はあっさり崩れる」ことを経験し、何が起こるか分からない世の中であれば、自分らしさや多様性を受け入れる。つまり「今」を楽しむことで、豊かな人生を歩めることに気づいたのです。クルマ自体も技術革新によりエコや環境性能は「あたりまえ」となり、趣味性の高さは「アリなこと」という機運が高まっていったのです。


決定打のひとつとなったのは、2012年に日本を代表するメーカーのトヨタが初代「86(&スバルBRX)」を発売したことです。悪だったスポーツカーが「許される」時代がついに戻ってきたのです。

そんななか、世界中に根強くファンがいるロードスターが、フルモデルチェンジを迎えたのです。そりゃ人気が出ないわけがありません。

実際、デビュー後のNDロードスターはCOTY(日本カーオブザイヤー)だけでなく、ワールドカーオブザイヤーおよびワールドデザインオブザイヤーなど全世界のアワードを総なめして、現在進行形で売れ続けているので「歴史に残る名車」になることが約束されています。

ただし、時代が追い付いたというよりも、コンセプトを変えずに愚直にライトウェイトスポーツカーを作り続けたマツダの心意気が実を結んだ結果でもあり、これは旧来から応援していたファンにとっても、嬉しい出来事といえるでしょう。

旧オーナーへの死刑宣告


NDロードスターのデビューには、全国のディーラー網も積極的なプロモーションを行いました。なんてったって関係者誰もが待ち望んだ念願のブランドピラーですから話題性は抜群です。客寄せパンダとしてロードスターの試乗車がほぼ全てのディーラーに1台づつ置かれるなんて、NBやNC時代にはありえなかった扱いです!

当然、筆者の自宅近くにあるマツダディーラーにもNDロードスターの試乗車がやってきました。発表イベント、雑誌、Webサイトなどで穴が開くほど観察した新型ロードスターを触ることができるとなれば、速攻で冷やかしに行くしかありません!

目の前のNDロードスターは舞浜で見た試作車ではなく、ラインで組まれた生産型のロードスター。ほんの少しの勇気があれば、購入できる現実の存在なのです。

ディーラー店頭での受付を行い、到着したばかりのNDロードスターに近づくと・・・インテリアは新車独特の香りを漂わせていました。コンパクトになった?でもデザインではワイドに見える!真新しいデザインに目が奪われつつも、やはり旧車オーナーとして気になるのは乗り味です。エンジンサウンド、アクセルレスポンス、ステアフィール・・・どんな感じなんだろうと頭をフル回転させて想像し、ニヤニヤ・ワクワクして大人げなくクルマを観察しました。

しかし・・・同席していたディーラー営業さんの「ひとこと」が、私のテンションを谷底まで突き落としました。それは「試乗ついでにNBロードスターの査定をさせてください」という言葉でした。

新型ロードスターの購買見込客は旧型ロードスターのオーナーが圧倒的であることは事実であり、営業職であればどんな冷やかし客にもトライすることは十分理解しています。こと、ロードスターは「乗って分かる」タイプのクルマですから現実的な乗り換えプランが見えれば買い替えを後押しを促す材料にもなるし、とにもかくにも販売マニュアルで指定されていた提案かもしれません。だから、営業さんからは悪意も感じませんでした。

しかし・・・こちらが頼みもしないのに、ディーラーへ一緒に乗り込んだNBロードスターの【価値】を測ろうとする姿勢にただただ嫌悪感を感じ、本当に気分が悪くなりました。


当時、私のNBロードスターは12年落ちで走行距離10万キロ以上、そこから経年劣化で壊れていく運命が待っているので、素人目でみても二束三文であることは分かり切っていました。スポーツカーブームの再燃が始まっていたとはいえ、不人気ロードスターの筆頭であるNBの金銭的価値なんてたかが知れているのです。

しかし、そんなネガ要素を踏まえたうえでも、愛車にはそれなりの愛情を注いでいました。そこで、望みもしない市場価値を知らされることは恐怖でしかないのです。

自分的にはプライスレスな存在であっても「あなたのクルマは〇円です」なんて知らされたら・・・まさに死刑宣告です。家族と思って一緒に暮らしている犬や猫を「〇円です」なんて評価されたら、飼い主は怒り狂うとイメージしてください。

もちろん興味本位で見に行った自分が悪いのですが、想像以上に心のダメージを受けてしまい、試乗はとりやめて挨拶もそこそこに店を後にしました。ずっと車検を任せていたディーラーだったのですが、それ以降はそこに足を向けることも無くなりました。

ディーラーから冷やかしを追い返せて無駄な時間を使わずに良かったでしょうし、めんどくさい客との付き合いもなくなって良かったでしょう。もちろん、私がNDロードスターに乗り換える前提であったならば必要なコミュニケーションとして盛り上がったはずですが、楽しくなるはずだった新型ロードスターとの出会いは最悪な印象で終わってしまいました。

ロードスターの愛着性能


改めて思ったことは、ロードスターは感性(=楽しさ)を刺激するプロダクトであるため、大なり小なり個人の価値観(=趣味)に踏み込む存在であることです。どんなに市場価値が無いNBロードスターだったとしても、オーナーにとっては唯一無二の存在だったんです。

かの開発主査は、これを【愛着性能】という言葉表現しました。

ロードスターは思い通りに動く「満足」を得られることから、ずっと所有したいと思える「愛着性能」を持っています。もちろん工業製品なので機械的な劣化は進むけれど、愛着は失せるものではなく、むしろ時間と共に増えていきます。思い通りに動かせるクルマは人の「感性」に訴えるものであり、「人馬一体」という感覚が愛着性能に繋がっているのです。

軽井沢ミーティング2023 貴島孝雄氏のトークより要約

さらに歴代ロードスターが凄いのは、時代によって装備やデザインの違いはあったとしても、どの世代も「乗り味」の軸が変わらないことです。NAオーナーが未だに愛車を手放さない事も、NCオーナーが愛車を愛でていることも、NDのオーナーが新車にハマっていることも同じ要素が影響しています。よほどのことがない限り、オーナーにとっては自分の愛車が一番の存在なのです。

だからこそ「あなたのクルマは○○円だ」と突き付けられるのは、自分の価値観に値付けをされるようなもので・・・場合によってはアイデンティティを否定されることになりかねません。もちろん、そんなことに動じないのがいいのですが、当時の私にはそれを知る「覚悟」がありませんでした。


一方で、私は「一生このクルマに乗る」とも断言はしません。天変地異や環境の変化、万が一の出来事(どうしようもないシーン)はいくらでもあるからです。次のクルマを検討するときにはロードスターを降りることも十分にありえます。

ただ、当時の私はこのディーラーの一件で自分の感情を知ることができました。そして「まだNDは自分には必要ない」という決断ができました。余談ですが、自宅を知っている営業さんがポストにNDのパンフレットを事あるごとに投函してくれて、私のテンションはその度に落ちていったのもいい思い出です。

もちろん、私の考え方が正しいなんてことはありません。

リセールバリューのあるうちに新しいクルマへ買い替えて楽しむのも全然アリですし、それこそロードスターよりも楽しいクルマの世界はゴマンとあるはずです。ただ、当時の私にはNB以外の選択肢を考えられなかった(考えていなかった)のでした。

あれから10年


あの出来事から10年近くが経ち、NDロードスターもモデル熟成期に入りました。

デビュー当時から予測(約束)されていた通り全世界で初動から好調だったことに加えて、パンデミックや内燃機関エンジンの危機が予測されたことでブーストがかかり、いまだに衰えぬ人気が継続しています。この勢いは間違いなく、ユーノスロードスターに匹敵する「歴史に残る」クルマとなるでしょう。正直ベースでいえば、タイミングが合えば増車したいとさえ思えます。

でも、あの時選択したNBロードスターは意外に頑丈でした。致命的な壊れ方はせず、むしろ愛着性能がより蓄積されている状態です。誰も言わないのであえて書きますが、ND3の精緻になったステアフィールは素晴らしいだろうけれど、機械式パワステの味も捨てがたい存在でしょう(ロートルのたわごとです)。

ただし、あの時に拗ねずにNDロードスターの購入に踏み切っていたら、全然違うことをここに書いていたとも思うのですが。振り返ってみても「もう暫らく今のままでいい」と思っています。もちろん私はどのロードスターもリスペクトしているのですが・・・繰り返しますが、誰もが自分の愛車が一番なはずです。

また、今更ですが私のNBが二束三文の評価をされても「そうだよねー!」って覚悟も備わりました。ただ、10年前には覚悟がなかったと、ただただ思い返すのでした。

余談ですが、イベント等においてロードスター開発サイドからは「買い替える」のではなく、「増車」することを推奨されています。愛車がどうしても駄目になったとき(もしくは気が合わなくなった時に)、いつでも用意されているのが新型ロードスターである、との事です。

関連情報:

なぜ自分の愛車が一番なのか(A-1)

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