700万円のロードスター(12R)に思うこと

700万円のロードスター(12R)に思うこと

この記事を読むのに必要な時間は約13分です。

小型軽量のライトウェイトスポーツカーとして世界的にヒットしているマツダロードスターにおいて、700万円後半の値段になる限定車が登場します。

しかし、ロードスターの良さはあらゆる角度でアフォーダブル(手軽)な存在であり、この限定車はスペシャルなモデルとはいえロードスターの「ありかた」を問う存在になると個人的に思っています。そこで、心のモヤモヤを言語化してみました。

私見に満ちた雑多な内容で、申し訳ないのですが、このトピックは誰かにお役立てできる内容は書いていません。気が向いたら、厄介オーナーの戯言にお付き合いください。

ロードスターは「相棒」だった


クルマは単なる移動手段にとどまらず、オーナーにとって特別な存在になることがあります。

繰り返しステアを握り、アクセルを踏み、カーブを抜けるたび、無機質だった機械に「魂」のようなものを感じ「相棒」と呼べる存在へ変わっていくのです。「所有する満足」「操る喜び」、そして「人生を共に歩む存在」として愛着性能が少しづつ育まれていくのです。ロードスターは、そうした関係を築くことのできるクルマのひとつでしょう。

ロードスターが多くの人々に愛され続けているのは「運が良かった」以上に、明確な理由があります。

趣味性の高いスポーツカーといっても、この世には軽自動車、ハイパフォーマンスカー、スーパーカーなど数多くのクルマが存在しています。そこでロードスター(MX-5)となると、このクルマは決して圧倒的なパワーや豪華な装備を武器にはしていないことが大きな特徴になります。一貫した「扱いやすく、運転が楽しい」ライトウェイトスポーツの精神を持って、その価値を守り続けてきました。


シンプルな構造ゆえに、オーナー自らが手を加える余地がある。ステアリングを切ると直感的に応えてくれるシャシー、アクセルを踏めば身体に響くエンジンの鼓動。多彩なコーディネートもお手のもの。数値で語りきれない「楽しさ(=人馬一体)」が、魅力の本質にあったといえるでしょう。

加えて、ロードスターはどの時代においても「頑張れば手が届く(=アフォーダブル)」存在であり続けました。だからこそ、多くの人がこのクルマと出会い、その魅力に引き込まれ、このクルマの人気を紡いでいきました。

ユーザーが育ててきたロードスター


ロードスターが長年にわたり愛され続けてきた背景には、マツダがこのクルマを「作り続けてくれた」企業努力があるのは間違いありません。ただ、それと同じくらい貢献したのは、このクルマの価値を知り、共に歩んできたオーナーたちの存在ではないでしょうか。

ご存じの方も多いと思いますが、初代ロードスターはマツダのフラッグシップカーではありませんでした。かつてマツダブランドを象徴していたのは、軽量小型でハイパワーなロータリーエンジンを搭載する、セブンを始めとした「RX」シリーズだったのです。


それに対して、ロードスターは開発段階から(人気が出そうなことは別にして)市場ニードがあるか不明で・・・つまり「売れるかどうかわからない」海千山千の存在でした。したがって、デビューから暫くはスポーツカー初心者にむけたエントリーモデルの役割を担う、いわば「二軍」の立ち位置だった歴史があったのです。したがって、当時の販売コンセプトは明確で、先陣ライトウェイトスポーツと同じく「頑張れば手が届く」ことを軸に置きました。

そんな開発哲学とは別に「運が良かった」点でいえば、当時はライトウェイトスポーツカー自体をどのメーカーも手を出せず、ライバル不在の市場だったことがありました。さらに、消費欲を良しとしたバブル景気の追い風から、想定以上の大ヒットに繋がってしまいました。また、これが一過性のブームに終わらなかったのは、大ヒットの恩恵により数多くの個体が中古市場へ流れたことでした。


すると、小遣いが限られた若者やお父さんでもロードスターオーナーとなるチャンスを得ることができ、このサイクルはNB、NC、NDとモデルが進化していく過程でも変わらず続いていきました。時代の変化とともに多くのスポーツカーが高性能化・高級化の波に飲み込まれていくなか、ロードスターだけは「手が届く」身近な存在であり続けたのです。

つまり、ロードスターは「マツダが売り続けたクルマ」だったことと同時に「ユーザーが人気を維持し、育て続けたクルマ」であり、多くのオーナーがクルマを乗り継ぎ、大切にし、その魅力を語り継いできたからこそ、ロードスター文化が途切れることなく続いたといえるでしょう。結果、長く愛されるスポーツカーとしての地位を確立し、いつしか「マツダの魂」とまでメーカーが称する存在に成長していました。

700万円のスピリットレーシング「12R」


MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER 12R(市販予定モデル)

そんなロードスターの歴史に、新たな1ページが加わろうとしています。すでに予告されている特別仕様車「スピリットレーシング・ロードスター12R」の登場です。このモデルは様々な面で、従来のロードスターとは一線を画したアプローチが採られています。

12Rの大きな特徴は、レースシーンで鍛えられたメーカーチューニングが施された車両であることです。搭載されるエンジンはベースとなるNDロードスター(幌)の1.5Lではなく、2.0Lを採用しており、このエンジン自体はリトラクタブルファストバック(RF)や海外市場向けに提供されているものがベースになりますが、専用チューニングによるパワーとトルクの更なる向上が見込まれています。

さらに、専用のエアロパーツが与えられ、内装もよりスポーティに仕上げられます。これらのアップグレードに加えて、マツダの新たなサブブランド「スピリットレーシング」の名を冠し、そのDNAを強調します。限定200台という希少性も相まって、このモデルが特別な位置付けになることは確定的でしょう。

MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER 12R 概要

・200台限定
・吸排気特性のチューニングを加えて開発した、エンジンを搭載。
・専用 「カムシャフト、シリンダーヘッド、ピストン、 エキゾーストマニホールド」を採用し、最高出力147kW(200PS)※を実現。
・日常での乗降性とサーキット走行時のホールド性の両立を目指し専用設計したフルバケットシートを装備。
・ボディカラーはエアログレー、新規開発されたエアロパーツにも専用色グレーを採用。
・さらに専用ボディデカール、アルミ製タワーバー (ブラック)、専用ホイール(切削加工仕様) を装着した、 限定200台のスペシャルモデル。

※開発目標値

この「12R」は限定200台。1台1台ハンドメイドで制作するスペシャルモデルです(中略)。気になる価格ですが、12Rは700万円台後半、量販モデルとなる2Lエンジン搭載の「MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER」は500万円台前半を予定しています。2025年秋に商談予約受付を開始し、年内の発売開始を目指しています。

(2025オートサロン/プレスリリース、スピーチより引用)


ただ、野暮を承知で書きますが・・・この特別仕様車で最も話題となっているのは「価格」ではないでしょうか。近年まれにみるヒットを起こしたNDロードスターだから、「めっちゃ凄い」バリエーションが存在してもいい、それだけの話かもしれません。

しかし、前提としてNDロードスター(幌1.5L)のベースとなる価格帯は300万〜400万円、海外で販売されている2Lエンジンの幌モデルの差額はそこから約20~25万円(※為替換算で変動します)ほど。今回、スピリットレーシング12Rとして予告されている価格は【700万円台後半】とされており、乗り出し時には800万円を超える可能性があるでしょう。

この価格帯における比較対象は、もはやライトウェイトスポーツの枠を超えたプレミアムスポーツやハイパフォーマンスモデルの領域へ足を踏み入れます。トヨタGRヤリスやスープラ、日産フェアレディZ、ホンダシビックタイプR、ポルシェ718ボクスターすら競争相手として浮かび上がるでしょう。


今回騒ぎたくなる背景にあるのは、それらのライバルを差し置いてでも「ロードスターだから買う」という熱烈なファンに向けたプロダクト足りうるのかという疑問です。価格に見合う開発思想、生産工程、パフォーマンスアップ、メーカー保証の信頼性、そして希少性は用意されるとはいえ、これまでのロードスターが大切にしてきた「頑張れば手に入る」のコンセプトから大きく逸脱してでもやるべきなのか?と感じるのです。

「お前はわかっていない」と思われてもいいので、もう一回書きます。サブブランド扱いだとしても、ロードスターとしては高すぎる。

同時販売予定の幌2Lモデルでさえ500万円。既にラインナップされているロードスターRF(380万円〜)のハードトップ代金を引いた360万円スタートじゃないの?と、スピリットレーシングのバッジ代に衝撃を受けました。(※)
2025年4月時点の情報

確かに、マツダはフォード資本傘下を抜けて以降、ブランドのプレミアム化を急進させていました。その戦略の一環としてスピリットレーシング・ロードスター12Rは単なる価格の引き上げではなく「ロードスターはプレミアムスポーツとして成立するのか?」という可能性の挑戦と捉えることもできます。


また、ロードスターの歴史を振り返れば、X周年記念車などの限定車をはじめ、ターボ、クーペ、メーカーチューンのM2といったスペシャルモデルも多く存在していました。可能性の模索はスポーツカーを育てるマツダの良さですが、それでもベース車両からここまで大きな差額を提示したのは初めてではないでしょうか。

また、希少な個体のなかには、残念ながら一部ではありえないくらいプレミアム化、投機商材化しているものも見受けられます。せっかくの希少性をもっていても「走らない」ロードスターになってしまったら本末転倒で、今回の12Rも同じ位置づけにならないかモヤモヤしてしまうのです。トヨタのGRMNをやりたいのかもしれませんが・・・

ロードスターの未来に望むこと


もちろん、ロードスターが進化を続けることに異論はありません。

モデル継続は時代の流れに対応する必要があり、技術革新がもたらす恩恵もあるでしょう。しかし、その進化が「手の届く楽しさ」を犠牲にするものであるならば話は違ってきます。繰り返しますが、ロードスターが長年築き上げてきた文化の背景には、スペックの追求ではなく「誰でも楽しめる」ライトウェイトスポーツであることの一点に集約されるからです。


スポーツカーが高価格化の波に飲み込まれ、多くのモデルが手の届かない存在になっていくなかで、ロードスターはコストにはシビアさを持ってぎりぎりのところを踏みとどまっていました。圧倒的なパワーを持たない代わりに「軽さ」という哲学を貫き、さらなるドライビングプレジャーを追求する姿勢をみせてきたからこそ、ロードスターは世界中のエンスージアストに支持されたのです。

だからこそ、今回の「12R」がロードスターの未来を示唆するものであるならば、その行方を注視する必要があります。

なお、友人に「700万円を超えたロードスターの価値はひとことで何ですか?」と聞かれたのですが、正直「ミーティングでマウントが取れる」くらいしか、私は思いつきませんでした。「2Lエンジンである意味は?」と聞かれる方が、明確な会話のイメージが湧きますが・・・


もちろんマツダもそれは分かっていて、これまでロードスターを支えてきたユーザーが置き去りにすることのないよう標準グレードのラインナップは続けてくれるだろうし、既存オーナーに対する継続的な補修備品や、リプレイス要件情報のショップ開放を行ってくれている事実もあります。継続のための努力は、本当に大きく感謝すべきポイントです。

ただし、価格のハードルが上がれば、それだけロードスターを手にするオーナーの間口は狭まります。それは中古市場を経由してロードスターに触れ、愛着を持ち、ファン層が広がっていった歴史まで消えてしまうことにもなりかねないのです。だからこそ、スピリットレーシング12Rの先に、ロードスターの文化に何が起こるのか見守りたいと思います。

12Rがどんな「相棒」に育てられていくのか、楽しみですね!
購入された方はお声がけを頂ければ嬉しいです・・・乗せてください。謝罪トピックを書きます!

関連情報→

M2の残した功罪(メーカーチューンのデメリット)

ロードスターコラムカテゴリの最新記事