ロードスターを「ユーノス」と呼ばたことはありませんか?

ロードスターを「ユーノス」と呼ばたことはありませんか?

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「かっこいいユーノスですね!」あなたのロードスター(NB、NC、ND)が、そう呼ばれたことはありませんか?

え?全然違うし!私のクルマはマツダのロードスターだけど・・・なんて、NB型以降を所有する若い世代のオーナーにとって「ユーノス」という響きは、初代(NA型)にくっついている昔のブランド程度の認識かもしれません。しかし、1990年代初頭の日本において「ユーノス」という響きは、単なる販売チャネルの名称を超え、明確な「クルマ」を指し示すスラングとして確固たる地位を築いていました。

今回はバブルという狂騒の時代が生んだブランド「ユーノス」がロードスターの一般名詞となった、そんな現象の思い出話です。

「俺、ユーノス買ったんだ」


時計の針を1980年代後半に戻しましょう。当時の日本は空前のバブル景気に沸き返っていました。株価は右肩上がり、土地の値段は青天井。明日は今日より必ず豊かになると日本中が疑わなかった時代です。

この未曾有の好景気のなか、マツダは壮大な(今思えば無謀ともいえる)戦略に打って出ます。「マツダ」「ユーノス」「アンフィニ」「オートザム」「オートラマ」という、5つの異なる販売チャンネル(ブランド)を立ち上げたのです。

現代に例えるなら、ひとつのスマートフォンメーカーが突然「ハイエンド向け」「サブカル向け」「ファミリー向け」「格安SIM向け」など、一気に別々のブランドを作り、それぞれ専用の直営ショップを全国のあちこちに建てまくったようなものです。正気の沙汰ではありませんが、当時はそれが「絶対にイケる」と思わせる熱気と、それを補う資金力がありました。


そのなかで「ユーノス(Eunos)」は、ラテン語の「Eu(良い)」と英語の「Numbers(集まり)」を掛け合わせた造語で、「よろこびのコレクション」を意味していました。ターゲットは「上質で、ヨーロッパの香りがする、オシャレな大人のブランド」です。店舗はシトロエンなどの輸入車も併売する、まるで高級ブティックのような洗練された空間でした。

そして1989年(平成元年)、そのユーノス店をロンチする目玉として、鳴り物入りでデビューしたのが初代「ユーノスロードスター(NA型)」です。

圧倒的すぎたリードボーカル


前評判の通り、ユーノスロードスターは発売されるや否や社会現象になりました。世界中の自動車メーカーが、安全基準が厳しく採算も合わないと完全に諦め去っていた小型オープンスポーツカー市場を、「人馬一体」という完璧なパッケージング哲学で見事に蘇らせたのです。ディーラーにはクルマの予約のために徹夜して長蛇の列ができ、納車待ちは数ヶ月から半年以上に及び、街には満面の笑みでステアリングを握る人々にあふれました。

しかし、ここでマツダにとって皮肉な「悲劇」が起こります。ロードスターの放つ光があまりにも強すぎたのです。当然ですが、ユーノスディーラーはロードスター以外にも数々の名車・意欲作がラインナップされていました。例えば・・・


ユーノス・コスモ
世界初にして唯一の「3ローター・ロータリーエンジン」を搭載、世界初のGPSカーナビまで積んだ、燃費極悪・超弩級のラグジュアリークーペ


ユーノス500
あの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが「小型車において世界で最も美しい」と絶賛した、滑らかなデザインと極上の塗装(ハイレフコート)を持つV6エンジン搭載セダン


ユーノス・プレッソ
世界最小クラスのV6エンジン(1.8L)をわざわざ新開発して積んだ、流麗なコンパクトクーペ

エンスージアスティックな視点でみれば、どれもマツダの技術者たちが魂を込めた変態的(もちろん最上級の褒め言葉)なまでに作り込まれたクルマたち。しかし、当時の世間の反応は冷酷でした。「値段が高すぎる」「室内が狭い」「マツダ他店で売っているクルマ(クロノスなど)と中身が同じじゃないか」・・・そんな理由で、販売面では大苦戦を強いられました。

結果として、ロックバンドに例えるなら「ユーノス」というバンドのなかで、リードボーカルの「ロードスター」だけがマイケル・ジャクソン級の世界的スーパースターになってしまい、ギター(500)やベース(プレッソ)、ドラム(コスモ)は誰も知らない状態になっていました。つまり、一般的に「ユーノス」といえば「ロードスター」を指したのです。

ポルシェやフェラーリに通じる記号性


当時の若者たちは、気になる女の子に「週末、ユーノス・ロードスターでドライブ行かない?」とは誘いませんでした。誰もがただ一言「ユーノスで海に行こうぜ」で通じたのです。

これは、クルマに詳しくない人が「いつかポルシェに乗りたい」と言う現象に似ています。彼らは「911」や「ボクスター」といった具体的な車名ではなく、「ポルシェというブランドが放つ成功者や高級スポーツカーのオーラを欲しています。ブランド名そのものが、ひとつの強烈な「記号」として機能している状態ですね。フェラーリもメルセデスベンツも、そんな感じですよね・・・

ウォークマン(携帯音楽プレーヤー)、バンドエイド(絆創膏)、最近でいえば「ルンバする(ロボット掃除機をかける)」など、特定の圧倒的な製品がそのカテゴリー全体やブランド名を飲み込んで代名詞化する現象は多々あります。


バブル期(90年代初頭)の日本において、「ロードスター」という単語はまだマニアックで、他社のオープンカー(例えば英国のMGやトライアンフなど)と混同される可能性がありました。また、耳慣れなかったロード「スター」って言葉が陳腐に聞こえたんですよね。Star(星)じゃなくてSter(ステアリング)を指すんですけどね。

さらに「ユーノス」という響きは、マツダという泥臭い(当時のマツダにはまだ安売りする実用車のイメージが強かった)名前を覆い隠す、ヨーロピアンで小洒落た、新しいライフスタイルの香りがプンプンと漂っていました。


十二単をモチーフとしたV字型のユーノスエンブレムは、バブルという時代が求めた「ちょっとオシャレで、人生を謳歌している自分」を演出するための最高のファッションアイテムであり、ステータスシンボルだったのです。

だからこそ人々は誇らしげに「俺、ユーノス買ったんだ」と語りました。本格ライトウェイトスポーツを欲するガチ勢以前に、お洒落でカッコいいから、可愛いから購入する、ロードスターはそんな売れ方だったんです。

儚く散ったユーノスと、NBへ継がれた魂


しかし、宴は長くは続きませんでした。バブル崩壊と共にマツダの5チャンネル体制はあっけなく瓦解します。過剰な設備投資、兄弟車の乱発はマツダの経営を極限まで圧迫し、「ユーノス」というブランドは1996年に、その短い歴史に幕を下ろすこととなります(アンフィニ系列と統合)。なお、ユーノスブランドは消滅しても、ロードスターは「ユーノスロードスター」として販売継続されました。

会社存亡の危機という暗黒時代、それでもマツダの技術者たちは、決してロードスターの灯火を消しませんでした。そこで1998年、満を持して登場したのが2代目NBロードスターです。フロントマスクから愛嬌のあったリトラクタブルヘッドライトは消え、そして車体からあの「ユーノス」のエンブレムは完全に消滅しました。車名は正式に「マツダ・ロードスター」へ更新されたのです。


NB型は、NA型のネガな部分(ボディ剛性の不足、高速域での安定特性、リアサスペンションのストローク、ビニール製で曇りやすかったリアウィンドウなど)を徹底的に見直し、あらゆる面で先代を熟成・進化させた、ビッグマイナーチェンジのようなモデルです。まさにスポーツカーとして真面目な進化を遂げたクルマでした。

しかし、当時の熱狂的なNAオーナーやファンからは「ユーノスのバッジがついていない」「リトラじゃないからロードスターじゃない」と、NBに対して反発を抱く声も少なくありませんでした。それは、彼らが単にクルマの性能を愛していただけでなく「ユーノス」というブランドが持っていた、あの時代の空気感そのものを愛していたからに他なりません。

つまり、ロードスターを「ユーノス」と呼ぶスラングは、時代が生んだ仇花(あだばな)です。

他の兄弟車が売れなかった皮肉な事実と、ロードスターというクルマの印象があまりに鮮烈だった、そんな偶然重なって生まれた言葉だったのです。よくよく思い出してください。バブル時代を体験していたような方から「ユーノス」と呼ばれることが多くないですか?

もちろん、ユーノスロードスター(NA)が撒いた熱狂があったからこそ、マツダはロードスターの火を消すことなくNB型へとバトンを繋ぐことができました。逆にNBはユーノスという華やかな幻影から脱却し、純粋な「マツダのスポーツカー」としてロードスターという存在を昇華させる、重要で過酷な役割を担ったのです。

日本における「ロードスター」


さて、ここからは「ロードスター(Roadster)」という名前そのものに焦点を当ててみましょう。

ロードスターは海外において、北米では「MX-5 Miata(ミアータ※)」、ヨーロッパ等では「MX-5」という名称で販売されています。マツダのスポーツモデルを示す「RX-7」などと同じ法則に則ったグローバルで統一された名称です。では、なぜ日本では「ロードスター」だったのか。
※Miata(ミアータ)のペットネームはNBまでで、NC以降はグローバルで「MX-5」に統一されました。しかし、北米ではNCもNDも「Miata」で通じるそうです。

そもそも「ロードスター」という単語は自動車用語における一般名詞です。屋根を持たない、あるいは簡易的な幌(ソフトトップ)を持つ、2座のスポーティなオープンボディ形状そのものを指す言葉です。

例えるなら、トヨタが新しいセダンを開発して車名を「トヨタ・セダン」と名付けるようなもの。ホンダが新しいミニバンを作って「ホンダ・ミニバン」と名付けるのと同じくらい、本来であれば車名として「そのまんま」なネーミングです。他社の表現では「フェアレディZ ロードスター」や「アウディTT ロードスター」のように、車名の後ろにボディ形状を指す意味でくっつける通例があります。


一方、欧州車においてはにブランド名+数字(記号)でクルマを示す、例えば「メルセデスの〇クラス」「BMWの〇シリーズ」のようなネーミングルールも存在します。ユーノス車は(結局統一されませんでしたが)100、300、500などの車格を数値で示すネーミングルールがあり、あえて「ユーノスのロードスター」という名称にしたんですね。

しかし、日本ではNAの大ヒットのおかげで「ロードスター = ユーノス(マツダ)のオープンカー」という認識が完全に定着してしまいました。つまり、一般名詞をたった一つの車種がハイジャックしたのです。これは、NA型からNB型へと移り変わるなか、ユーノスブランドが消滅してもなお、日本のファンが「これは俺たちのロードスターだ」と愛し続けた結果です。

令和のネーミング変革でロードスターは?


この「ロードスター」という名称の特異さを決定づける出来事が、令和(2019年、令和元年)に入ってから起こりました。マツダはブランド価値を向上させるため、グローバルで車名統一をおこなう大きな決断を下したのです。

長年親しまれてきたコンパクトカーのデミオは「MAZDA2」に。スポーティなアクセラは「MAZDA3」に。フラッグシップのアテンザは「MAZDA6」へ、次々と英数字のグローバルネームに変更したのです。これは世界市場を見据えたマツダの「プレミアムブランド化」という強い意志の表れでした。

日本のファンからは「デミオという名前が消えるのは寂しい」「数字だと味気ない」といった声も多く上がりましたが、マツダは毅然として改名を断行しました。しかし、たった一台だけこの命名法則から外され、日本での名前を守り抜いたクルマがありました。お察しの通りロードスターです。


もし法則に従うならば、日本でも「マツダMX-5」となるべきだったでしょう。実際、社内でも統一すべきだという議論はあったはずです。しかしマツダは、ロードスターだけは特別扱いして、その名前を残しました。

それはマツダ自身がロードスターという名前は、もはやマツダだけのものではなく、30年以上にわたってこのクルマを育て、愛し、共に歩んできた日本のファン・オーナーたちとの『共有財産』であると理解していたからではないでしょうか。

デミオやアテンザの名前を変えるのとは訳が違う。ロードスターの名前を変えることは、ファンとの間に築かれた絆を断ち切ることに等しい、そう判断したのでしょう。これは、日本の自動車文化において「ロードスター」という一般名詞がいかに特別で、神聖な領域(サンクチュアリ)に達しているかを示しているでしょう。


余談ですが、商標登録という点では、日本国内でも「MX-5」の申請をマツダは行っています。

だからこそ語りたい「ロードスタークーペ」


真面目な話が続きましたが、NB型を語る上で絶対に避けて通れない、最高にクレイジー(褒め言葉です)なエピソードで締めくくりましょう。それが2003年に登場した「ロードスタークーペ(NB7)」です。

このクルマをざっくり説明すると、NBロードスターのシャシーでクローズドボディの本格的なクーペを作りたい!という情熱を実現するために、マツダの特装車部門である「マツダE&T」により半ば手作りで仕立て上げた、究極の少量生産モデルです。

美しい流線型のルーフが溶接され、ボディ剛性は飛躍的に向上(必要がなくなったシャシーのブレースバーは間引かれました)。空力特性も改善されたことからサーキットのポテンシャルも向上したとされています。しかし、生産台数はわずか179台。今ではプレミアがつき、中古車市場ではとんでもない価格で取引される伝説のモデルです。


ここでよくネタにされるのが、このクルマの名称です。ロードスタークーペ・・・つまり、「ロードスター(屋根がない車)+クーペ(屋根がある車)」となります。一見これは、完全なる自己矛盾、究極のパラドックスのように聞こえます。「屋根なし・屋根ありクルマ」となっているのです。

これはまさに「チゲ鍋」状態。チゲとは韓国語で「鍋」を意味しますから、「チゲ鍋」は「鍋鍋(なべなべ)」といっていることになります。同様に「サハラ砂漠(サハラ=アラビア語で砂漠の意味なので、砂漠砂漠)」や、「頭痛が痛い」と同じ現象に見えるでしょう。

しかし、日本ではすでに「ロードスター」という車名が固有名詞として強固に定着していたため、「ロードスターのクーペ版」という言葉の意味を超越した、「ロードスタークーペ」というネーミングを採用したのです。


このチゲ鍋ネーミングこそ、ロードスターという言葉が本来の意味(一般名詞)を超越し、マツダの最高に楽しいFRスポーツカーそのものを指す固有名詞へと完全に変容していた証拠でしょう。屋根がなくてもロードスター、屋根を溶接してもロードスター。そこにあるのはボディ形状ではなく、「人馬一体という魂」そのものなんですね。

だからこそ、そのルーツとなるスラング「ユーノス」を持って、ロードスターをユーノスと呼ぶ人ほど、私は「あの時代を知っている人」としてリスペクトしています。クルマ文化って、本当に面白いですよね。

「え?私のはマツダロードスターですけど!」なんて野暮な反論をするのは控えたほうがいいかも。いいポルシェ乗ってますね!っていわれてるのと同じですから、誉め言葉ですよ!

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