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今回はマツダ・スポーツカーの解説でよく耳にする「ヨー慣性モーメント」の話です。ヨーとは「ヨーイング」のことで車体の【回転運動】を指し、「モーメント」は運動を引き起こす【キッカケ】を指した言葉です。
クルマにおいて「曲がる」というアクションは、パワー伝達、車重、タイヤ、足周り、駆動形式などの様々な要素が絡みあって成り立っています。その中でも物理的な要素にロードスターはこだわっている、というのが今回のトピックです。
諸元(パッケージング)を読み解く
クルマのカタログには必ず諸元(パッケージング)が記されています。駆動方式、全長、全幅、全高、ホイールベース、トレッド、馬力、重量などのスペックは、そのクルマを理解する客観的なデータになります。
貴島さん(NBロードスター開発主査)の言葉をお借りすると、その中でも注目すべきは「ホイールベースとトレッド」になるそうです。何故ならば、それはユーザーでは手を入れられないもの、つまりメーカーでしか設定できないものなので、いわば「走りのDNA」といっても過言ではないそうです。
クルマの諸元(パッケージング)は商品企画時、つまり開発のスタート時に設定します。
ロードスターに話を戻しますと、ライトウェイトオープンカーを現代に再現するという目的のために、「FR」「重量配分が50:50」「街乗りが出来る」「価格を抑える」という目的が根本にあり、そこから逆算してボディサイズや目標重量、馬力、シャシー設定などの諸元が決められていきました。
なお、プロのエンジニアは現車が存在しなくとも諸元を読み込むことで、そのクルマが何を目指しているかが見えてくるそうです。
ホイールベースとトレッド
「走りのDNA」を指すホイールベースとトレッドは、それらを線で繋ぐと四角形になります。その四角が進行方向へ長ければ「直進安定」寄りで、幅が広ければ「ハンドリング」重視となります。
歴代ロードスターにおいてNA/NBはホイールベースが同一になるので(基本的に)同じ形の「四角」になります。
加えてNCロードスター以降は、ホイールベースが伸びてボディサイズが拡大していても同じ「四角形」をトレッドでなぞります。諸元や見た目(エクステリア)は違えども、「走りに関するDNA」は踏襲しているのです。
また、ライトウェイトスポーツであるロードスターは、重量物をなるべくホイールベース内に可能な限り低く配置し、可能な限りパーツを軽くするという設計思想があります。
その本質は、マスの集中化(重量物を中心に持っていく)とともに、前後ニュートラル(50:50)の重量配分にするマツダ・スポーツカーのアイデンティティからきています。
また「軽さが性能」であるロードスターは「グラム作戦」として、ネジ一つに到るまで軽量化を行います。特に前後の車軸より外側の部分である「オーバーハング」、つまり鼻先の重量軽減は特にこだわります。ちなみにオーバーハングとは登山用語が由来で「突き出した岸壁」を指しています。
鼻先を軽くするメリット
なぜ、鼻先を軽くするのかというと、それは「慣性の法則」になぞられます。例えばバケツに水を入れてグルグルまわしても、遠心力で水は落ちてきません。しかし・・・
②体重62キロの人間が1リットルのバケツ水を回す
①も②も、体重計でバケツごと計れば同じ63キロになりますが、水の重さを考えるとどちらの方が重力の影響が少ないかは明白です。バケツが軽いほうが回しやすいはずです。
つまり、オーバーハングの重量物はクルマが曲がろうとする「物理法則」に影響するのです。
ロードスターは駒(こま)のように、ドライバーを中心に「前後バランスの均衡」をとりながらギュッ重量物を中央に寄せています。鼻先が軽くなるほど、物理法則に基づいた軽快なハンドリングが可能になるのです。
オーバーハングの1kgの重量は、車体中心の100kg相当と同義である。それが「ヨー慣性モーメントの低減」という思想です。
一番コストがかかるのが「小さくて軽い」
前後をより切り詰めれば素晴らしいハンドリングマシンになるのではないか?と思われますが、もちろん答えはイエスです。しかし近代自動車において、自分さえよければいいという考え方では市場に出ることは許されません。
安全基準、とりわけ衝突安全性というのはとても重要です。NAロードスターで約30年前、NBロードスターでも約20年前のクルマではありますが、近代の設計思想と同じくクラッシャブルゾーン、つまり衝撃吸収部分のクリアランスを鼻先で確保しているのです。
したがって、そのギリギリまでオーバーハングを突き詰めているのがあのプロポーションであり、先端は実はスカスカなのです。
もちろん鼻先を軽くするために、アルミボンネットや樹脂製の軽量バンパー、軽量衝撃吸収材を採用しましたし、NBロードスターにフルモデルチェンジした際にはリトラクタブルヘッドライトの廃止、バッテリーやテンパータイヤの床下移動など、メーカーでしか造りこめない部分をより突き詰めていったのもポイントです。
クルマは時代とともにレギュレーションが変更され、大きく・重くなりがちです。それは動力性能だけではなく安全基準のクリアランスを確保する戦いといっても過言ではありません。むしろ、軽量化を行うにはクルマを大きくした方がコストはかからす、実は一番コストがかかるのは「小さくて軽い設計」になります。
分かりやすい例は同じ時期のスーパーカー、約2,000万円の「フェラーリ360モデナ」と約1億円の「マクラーレンF1」。
フェラーリ360モデナ 4,490 × 1,925 × 1,215 1,430kg
マクラーレンF1 4,287 × 1,820 × 1,140 1,140kg
マクラーレンはこの価格でも赤字であり、フェラーリはこの世代から大型化の道を歩んだのが分かりやすい事例です。
走りのDNAは継がれていく
旧来のロードスターを振り返ると、パワーユニットは頑丈ではありますが特に官能的なわけではありません。むしろ、中古でダンパーが抜けていても、タイヤに頼らずとも、珠玉のシャシーセッティングのおかげで楽しく走れるのが絶対の性能・・・楽しさに繋がっています。つまり、スポーツカーとして何が評価されているのかというと、それは「ハンドリング」に尽きるのではないかと思います。
それは居住スペースをギリギリに詰めてホイールベースを抑え、着座位置を下げてボディを薄く、低く、軽くして、前後のオーバーハングを切りとばす、そんな「走りのDNA」・・・先天的なクルマの作り込みがあったおかげです。
見た目こそ違えど軽さだけでなく、重量物を中心に持っていくパッケージングは歴代ロードスターの不文律です。つまり、ハンドリングのためにここまで「ヨー慣性モーメント低減」を突き詰めているのです。そんなロードスターの「こだわり」をご紹介させていただきました。
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