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ユーノスブランドの最後を飾ったNAロードスター「SRリミテッド」。SRの意味は当時の雑誌に書かれた「さよならリミテッド」がファンの間で定着していますが、実はカフェレーサーの語源である「Standerd Rosdster」ではないかと考察をしました。
最後のユーノス「SRリミテッド」
1989年、国内の新規自動車ブランドとして誕生したユーノス。そこで販売されるクルマは「PROJECT EUNOS」シリーズとして展開され、その第一弾が「ユーノスロードスター」、つまり初代NAロードスターでした。しかし、バブル経済崩壊とともに母体のマツダは経営難に陥り、ユーノスブランドは1996年に撤退することになりました。
それに伴い、ユーノスバッジを付けた数々のクルマが消滅していくなか、NAロードスターは唯一「ユーノス」の名を引き継ぎ、「マツダ・ユーノスロードスター」としてマツダ系列のディーラーで販売継続されました。(※なお、ユーノス800はフェイスリフトとともにミレーニアに改名されています)
経営難に陥ったマツダはフォード資本を受け入れたにも関わらず、趣味性の高いオープンスポーツカーが継続できたのは、ロードスターが「儲かる」クルマであり、さらに98年1月にはNB型へフルモデルチェンジすることになりました。
参考)→https://mx-5nb.com/2020/05/04/kijima2018-3/
そのようななか、最後のユーノスブランドを冠して設定された限定車が、NAロードスターモデル末期である97年8月22日に販売された「SRリミテッド」です。
「SRリミテッド」の仕様
1997 EUNOS ROADSTER(NA8C) SR Limited
「SRリミテッド」はロードスターファンのあいだで「さよならリミテッド」という愛称が有名ですが、NA8Cシリーズ2のMパッケージをベースに「純正オプション全部乗せ&専用色」という、最後にふさわしい大盤振る舞いの仕様としてリリースされました。
インテリアは、(バックスキンのような肌触りを持つ)ヌバック調生地と本革を組み合わせた専用のシートと、ドアトリムにもヌバック調生地を採用。メーターパネルは刻みを細かくした専用グラフィックと、シリーズ2で省略されていたメーターリングを復活させ、5MTにはナルディの本革巻きシフトノブを採用しました。
エクステリアは当時の人気色であったシャストホワイト(PT)か、専用色スパークルグリーンメタリック(11R)が選択可能で、バフ仕上げのアルミホイールとクロームメッキドアミラーの指し色が加わり、きわめてファッション性が高い外観になっています。
なお、このアルミホイールはNA8から設定されたVスペシャル・タイプⅡのものと同一であり、純正14インチホイールとしては一番「軽い」ものになります。黒く再塗装されたものがM2 1028に採用されていることからも、なかなかレアリティの高いパーツです。また、FM/AM電子チューナー付きCDプレーヤー+4スピーカーや、5MT車にはトルセンLSDを装備するなど・・・最終限定車にふさわしい仕様になりました。
これら上級グレードなみの装備を追加しながら車両価格は約190万から購入可能で(※当時は販売地域によって価格が微妙に違いました)、5MTと4ATのミッション選択が可能でした。ちなみに、NAロードスターにおいてエアコンはショップオプション扱いなので、通常の購入であれば約+15万かかったはずです。それでも驚異的な安さですが・・・
なお、全国700台の販売設定でしたが実生産台数は予定より多く生産されたようです。また、専用色スパークルグリーンメタリックよりもシャストホワイトの方が人気でした。
「SR」はどんな意味か?(検証)
1993 Mazda 323 ASTINA(LANTIS)
「さよならリミテッド」は(中の人が冗談で言ったとはいえ)あくまで愛称であり、私見ながらユーノスロードスターのキャラクターを検証すると・・・SRはおそらく「Standerd Roadster」の略称だったと思います。これを紐解くヒントはメッキ加飾されたモデファイ、走りにも手を抜かない仕様、そして鮮烈な緑色・・・専用色スパークルグリーンメタリック(11R)です。
スパークルグリーンメタリック自体は、93年にデビューしたマツダ・ランティスクーペ(323Astina)のテーマカラーとして開発されたボディカラーでした。ランティスは経営難の兆候がみえていたマツダの起死回生を担った意欲作であり、「スポーティ&ダイナミック」をテーマとした先進的なデザインに合わせて、インパクトのある「速そうな緑」を意図していた背景があります。
なお、ランティスは玄人からの評価は高かったものの、マツダ車の悪評によりヒットを飛ばすことができず、あえなくモデル終了をしてしまいます。なお、スパークルグリーンメタリック自体はデミオ、AZ-3(否プレッソ)、レビューにも塗られました。
1935 Chevrolet Standard Sport Roadster
そして、満を持してロードスターの限定車「SRリミテッド」にも採用されるのですが・・・この色味のニュアンスは、1930年代のスポーツカーを彷彿とされる色でした。当時、多様化していた自動車市場において、オープンスポーツカー(カッコよく走るクルマ)はメーカーを問わず「Standerd Roadster」を名乗っていた背景がありました。
1969 HONDA CB750FOUR
それらのイメージカラーは「濃緑」なブリティッシュ・レーシンググリーンとは違った「鮮烈な緑」であることが多く、そのスピード・グリーンはスポーツモデルの象徴として60年~70年のカフェレーサー文化に引き継がれていました。これらのベースになるオートバイは、かつてのスポーツカーにあやかって「スタンダード/ロードスター」というジャンルに属しています。(※余談ですが、ヤマハSR400の名称は「Single Roadsports」という意味のようです)
1968 AlfaRomeo 1750 Spider Veloce
カフェレーサーはモデファイ思想の一つであり、イギリスのロッカーズ達が行きつけのカフェで自分のオートバイ(愛車)を自慢し、公道レースをするために「速く、カッコ良く」との趣旨で改造したことに端を発します。そして、そのモデファイ文化は自動車にも引き継がれていきました。
つまり「SR」という響きには、かつてのスポーツマインドをリスペクトし、そして現代に復活させた「スタンダード・ロードスター」の精神を持つユーノスロードスターの最後にふさわしい・・・と、ネーミングが選定されたと思うのです。スピード・グリーンにメッキ加飾をおこなうモデファイは、まさにカフェレーサーのイメージです。
なお、ロードスターで唯一カフェレーサー・モデファイを公言していたのは「M2 1001」ですが、「SRリミテッド」をよくよく観察すると、それをリスペクトしたモデファイであることもわかります。
なお、近年においてもメルセデスやランボルギーニ、S660などへスピード・グリーン(派手な緑)が設定されていますが、ドイツの楽器メーカー・ソナーのドラム「SQ1」にも「Standard Roadster Green」というクラシック・スポーツカーをリスペクトした「鮮烈な緑」が設定されています。
もうひとつの最後のNA「MX-5 Berkeley」
1997 Mazda MX-5 Berkeley
また、英国ではスパークルグリーンメタリックの兄弟車「Berkeley(バークレー)」がMX-5の最終限定車として設定されました。「バークレー」は、英国ロンドンの5つ星ホテルにちなんだものです。
1800年代から続く一流ホテル・バークレーは、ロンドンを行き来する旅行者と馬車の拠点であり、文化の中心であった歴史があります。ロードスターの語源も「幌馬車」を表すものであり、歴史と伝統をネーミングに結び付けた英国マツダのセンスは流石です。
なお、英国マツダは「バークレー」購入者へ向けて、バークレーホテル宿泊抽選キャンペーンも行っていました。
Win a weekend for two at the luxurious Berkeley Hotel.
Mazda Cars (UK) Limited is offering a superb prize of a weekend for two at the luxurious Berkeley Hotel, located in the heart of Central London. To enter this competition and to find out more about the limited edition Mazda MX-5 Berkeley and the MX-5 range, simply complete the details below and hand into your local Mazda dealer or return by post.
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マツダカーズ(UK)は、ロンドン中心にある素晴らしいバークレーホテルで過ごす週末を2名様に提供します。 このコンペに参加したい方、さらにマツダMX-5バークレーについて詳しく知りたい方は、最寄りのマツダディーラーか郵送でエントリーしてください。
「MX-5 Berkeley」の仕様
スパークルグリーンメタリックのロードスターは、珍しく北米仕様のミアータが作成されませんでした。北米ではデビュー直前だったNBロードスターの情報がリークされており、北米好みなデザインのNBに全力を注いでいたからと思われます。
つまり、この世に存在するスパークルグリーンメタリックのロードスターは右ハンドルのみで、世界においても約800台ほどしか存在しないことになります。ちなみに、このバークレーで採用されているホイールはNB純正15インチが肉抜きされる前のような、いわば先行試作といってもいい形状なのが面白いですね。
また、最終仕様にふさわしいオプション全部乗せに加え、「バークレー」の紹介文章は日本に負けず劣らず熱いものがあり、読み解くのがなかなか面白い内容です。(以下、プレスキットより引用)
Boasting a responsive 1.8 litre fuel injected engine driving the rear wheels – just like a true sports car should – the Mazda MX-5 is the model that re-invented the classic sports car in the late 80’s.
The MX-5 is a celebration of motoring as it used to be. A car that is impossible to drive without a smile on your face. No wonder it is now the world’s favourite sports car. So if you’ve always wanted to own a piece of automotive history, this could be an opportunity too good to miss.
マツダMX-5バークレーは究極の限定MX-5です。 生産される400台のそれぞれは、センターコンソールに個別のシリアルナンバーがプラーク(貼り付け)られます。スパークルグリーンのメタリック塗装で仕上げられたこのバークレーは、真のコレクターカーになる運命であることを保証します。それを、わずか17,600ポンド(当時レートで約343万円)にてご提供させていただきます。
マツダMX-5は、レスポンスの高い1.8リッターエンジンで後輪駆動します。これは、80年代後半に偉大なるクラシックスポーツカーを再発明したモデルです。MX-5はまさに、かつての楽しかった自動車を再現しています。笑顔なしには運転できないクルマであり、今や世界で最も人気のあるスポーツカーになっているのも不思議ではありません。したがって、自動車史の一部を体験したいと思うのであれば、見逃せないチャンスかもしれません。
夢の集大成、そして明日への新しいステップ
結果として最後のユーノスになった「SRリミテッド」のカタログには、英国に負けず劣らずな貴島主査(当時)の熱いメッセージが寄せられています。(以下、カタログより引用)
■もっとも私は、このクルマが多くの人々に支持してもらえると信じていました。実際、開発途中でアメリカのスーパーマーケットのパーキングにこのクルマをおいてみたことがありましたが、あっという間に黒山の人だかり。そして異口同音に、こういうクルマが欲しいと言ってくれたのです。伝統的なライトウェイトスポーツは、 時代とともに厳しくなる安全性などの要求基準に技術的についていけずに衰退していきました。けれど、時代がどう変わろうとも、クルマとひとつになって走る楽しさを求める人々の気持ちは不変なのです。
■だからこそ私は、機械が主役ではなく、機械と気持ちを通い合わせて走る「人馬一体」の楽しさを提供したいと思いました。そのためにハイパワーよりも機械としての「素性のよさ」にこだわったのです。自然な挙動のFR、路面を正確に捉えるダブルウィッシュボーンサスペンション、アクセル操作に対してダイレクトな駆動力を確保するP.P.F.(パワープラントフレーム)。こうした基本コンポーネンツをすべてこのクルマのためにゼロから設計しました。 そして、時代が求める安全性を高次元で実現しながら、ライトウェイトスポーツの大前提である軽量化を徹底追求したのです。
■こうしてデビューしたユーノスロードスターは、世界中で43万台以上の大ヒットになりました。それはたぶん、走りの魅力のためだけではありません。クラブミーティングでは、このクルマがなければ出会うこともなかっただろう人々が楽しそうに語り合っています。ロードスターには人生を楽しくする方や、年齢や職業を超えて人と人を結びつける力があって、それが世界中の人々に大きな共感をいただいているのでしょう。とてもうれしいことです。
■レギュラーモデルと特別限定車によって、ロードスターはより高度なスポーツ性能からファッションテイストまで多彩な可能性を提示してきました。今回の SRリミテッドはその集大成。そして同時に、私たちの情熱の未来への連性を示すものです。これまでロードスターを支持し、新しい明日に期待してくださる人々に、心を込めてお届けします。どうぞ存分にお楽しみください。
ユーノスロードスター主査 貴島孝雄
今だからわかる、次世代へ継承されたもの
「SRリミテッド」や「バークレー」が販売されたのは1997年8月であり、その5か月後になる1998年にはNBロードスターへのフルモデルチェンジが控えていました。つまり、時系列的には既にNBロードスターの開発は完了しており、生産開始のカウントダウン状態でした。
ここで注目したいのは、「バークレー」のホイールがNBロードスター純正14インチアルミホイールの先行量産タイプであったという小ネタではなく、先の貴島主査が「SRリミテッド」に寄せたメッセージです。
NBロードスターは結果としてサイズアップやパワーアップを行わず、NAロードスターを熟成した形で仕上げられました。つまり、当時ではかなり珍しかったキープコンセプトなフルモデルチェンジを貫いたのです。しかし、そのコンセプトに行き着くまでが一番大変だったという話を、主査ご本人よりお聴きしています。
開発で集まった年上のメンバーは「お前は何もわかっていない」といってくる。私も初代で足周りや操縦安定性をやっていたけれど、クルマ自体の【生みの苦しみ】は後から平井さんに聞いた話だった。だからNBで一番悩んだのは、なぜロードスターが「楽しい」のか、それを考えた事に尽きる。
初代の開発時に作っていたのは、「運転の楽しさ」だけだった。そこからヒットしたロードスターを改めて検証すると「人を繋げる楽しさ」が愛される理由であり、これをもっと広げていくことが重要だ・・・と、やっと分かった。そこで、ミーティングで集まる、パレードをする、家で眺める、そんな様々な「楽しいシーン」を定義していくことにした。
貴島さんインタビューより
参考)https://mx-5nb.com/2020/05/20/kijima2018-9/
つまり、やっとコンセプトが定義できたNBロードスターにかける思いや、さらに次世代のロードスターに向けたメッセージが「SRリミテッド」のカタログには既に記載されていたのです。これは「SRリミテッド」から20年以上経った現在も、ユーノスの作り上げたスピリッツが引き継がれていることが、先の文章を読み返すとよくわかります。
これらを踏まえても、最後のユーノスは「さよなら」ではなく「スタンダード・ロードスター」の定義が、特に「SRリミテッド」にはお似合いな気がします。そんな最後のユーノス、スパークルグリーンメタリックのロードスターのご紹介でした。
写真素材提供:N.A氏
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