NA/NBロードスターはなぜダブルウィッシュボーンなのか

NA/NBロードスターはなぜダブルウィッシュボーンなのか

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今回はロードスターの特徴のひとつである足周り・・・ダブルウィッシュボーン式サスペンションのストーリーをご紹介します。ただし、この領域はこだわりのある方や専門職にされているプロが多くいらっしゃるので、あくまで一般論として記載させていただきます。

ダブルウィッシュボーンの採用経緯


NAからNDまでの歴代ロードスターにけるメカの大きな特徴として「独立懸架式」の足周り・・・つまりダブルウィッシュボーン(もしくはマルチリンク※)式サスペンションの採用があります。

ダブルウイッシュボーンはメカとしての素性の良さはありますが、デメリットとしてパーツ点数が増えることによるコスト増があります。実際に初代NAロードスターの開発ストーリーでも「なぜ複雑なダブルウィッシュボーンなのか。コストに優れているストラットを使え」と、あらゆる反対勢力(特に営業サイド)から指摘されていたのは有名な話です。

当時、足回りの設計をしていた貴島さん(2代目ロードスター主査)は「それ以外は考えられなかった。これしかないと周りの声を聞かずに開発していたら、平井さん(初代ロードスター主査)が何とかしてくれた(→参考)」なんて笑い話にしていましたが、背景にはかなりアツいやり取りがあったようです。

「なにもそんなにいきがることはないじゃないか。こういうクルマはファッションのクルマなんだから、カッコさえよければいいんだ」

これに対し平井(初代ロードスター主査)は猛反対した。「今の若い人たちは生まれた時からクルマに乗って育っている。だから、クルマの良し悪しを見破る力は我々の想像以上にあるんだ。そういう人たちにカッコだけのクルマが通用するか。カッコだけだったら最初は人気が出ても、半年も持たないぞ」。

そして、当時の開発本部長だった黒田専務のところへ、鉛筆で描きこんで真っ黒になったスケッチを持っていき、「他のところではいくらでも倹約をしますから、ここだけは贅沢をさせてください」と直訴したのだ。そのとき黒田は平井の方をギロッと見据え、「君がそこまで言うんならやってみなさい」と言ったという。

enjoy!ユーノスロードスター(グランプリ出版)より引用

こんなやり取りの末、スポーツカーとして理想を実現するためにマツダ初の前後ダブルウィッシュボーン式を採用したロードスター。頭が下がるのは、採用に至るまでのハードルを乗り越えることを有言実行したエンジニアの知恵と努力。結果、ストラット式と同等のコストで量産できるダブルウィッシュボーンが完成したのでした。

※NC、NDロードスターのリアサスペンションにはダブルウィッシュボーンをさらに煮詰めた「マルチリンク式」が採用されています。これはダブルウィッシュボーンの課題となるスペース不足を若干解消し、さらに細かなセッティングが可能になります。ダブルウィッシュボーンを上回るポテンシャルを持つマルチリンクですが、コストがさらにかかるとされています。

目指したのは本物のスポーツカー


近代の自動車におけるサスペンションセッティングは膨大なノウハウが蓄積されています。スイングアーム、トレーリングアーム、ストラットと様々な形式にメリットもデメリットもあり、結果としてそのクルマのキャラクターや使用用途に合わせた「味付け」が可能な時代になっています。したがって、サスペンション形式だけで優位性を語るのはナンセンスです。

つまり、ダブルウィッシュボーンがイコールで高性能だという概念は正解ではありません。あくまでも【設計の自由度が高い】ことが一般的なメリットとされています。その自由度とはメーカーだけでなく、ノウハウがあればユーザー側でも「乗り心地重視」にも「コーナリング重視」にも設定できるのです。


初代ロードスターの開発が行われていたのは30年以上前。もともと販売にたどり着けるか賭けのようなプロジェクト(オフライン55)からスタートしていたこともあり、エンジニアはそれならば自分が理想とする【本物のスポーツカー】を作ってやる!という志しがありました。

したがって、足周りのセッティングにおいて最も【自由度が高い】とされていたダブルウィッシュボーンを採用したのは必然の流れでした。スポーツカーは「こだわり」は許されても、「妥協」は許されないのです。


一方で、本当にそれだけの理由だったのか?と疑問も湧いてきます。

なぜなら「スポーツカーならばダブルウィッシュボーン」なんていっても、実際にサーキットで時計を削るためにダンパーやスプリングを交換をして、アライメントを調整して・・・など試行錯誤を楽しむオーナーは、ユーザーの何割いるのでしょうか。カッコ良さを求めるために車高を下げるくらいはあるかもしれませんが、だったらその部分のコストを抑えてクルマの価格を下げてくれた方がいい・・・なんて、いわゆる反対勢力の考えは間違っていないような気がします。

しかし、結果として我々ロードスターオーナーは気づかないうちに、その恩恵を大きく受ける結果となりました。


例えば・・・唐突ですが、少し放置気味のロードスターがあったとします。オイル漏れなど怪しい部分も心配ですが、何とかエンジンに火が入り走り出すことができました。久々に乗ると改めて感じるのは、近所を流す程度でもコーナーひとつを曲がっただけで「やっぱり楽しい!」と感じるようなシーンです。それが10年前、20年前にかつてオーナーだった方が久々にロードスターを運転しても、やはり「楽しい!」となる。この手の話はロードスター「あるある」な出来事です。

この理由は明確で、ライトウェイトスポーツカー(LWS)であるロードスター最大の武器は「軽さ」であり、クルマの中央に重量物を寄せて、重心を下げて・・・と既存技術を最大限に活かす努力が設計段階から行われています。つまり、地球上にいる限り変わらない「重力」に関わる物理要素に対してアドバンテージを持っているのです。

これが活かされるパッケージ(車体)の素性は、ダンパーやブッシュがやれていても、溝も微妙な中古タイヤであっても変わることはありません。ハンドリングの基本要素が完成しているから、放置気味の車両であっても「楽しい」事に繋がり、その構成要素のひとつを担っているのがダブルウィッシュボーン式サスペンションなのです。

ダブルウィッシュボーンのメリット


改めてですが、ダブルウィッシュボーンは自動車の足周りにおいて「独立懸架」という分類になります。こちらは左右の車輪(車軸)を独立して可動することが可能で、剛性を確保しながらも路面の凹凸に対する追従性を保てるメリットがあります。

その構造は上下一対のアームでタイヤを支持しており、分かりやすいところでいえばフォーミュラカーの足周りではないでしょうか。さらに、スポーツカーだけでなく、スーパーカー、ハイパーカー、高級セダンなど「走りの質感」を謳うフラグシップクラスではダブルウィッシュボーン(もしくはマルチリンク)であることをあえて主張することがあります。その利点は以下の通りです。

①サスペンションの剛性を確保する事が容易である。

②コーナリング中の曲げの力がスプリング/ダンパーに加わらないため、サスペンションのストロークがスムーズになる。

③タイヤが上下動する際にキャンバー角の変化を最小限に抑える事ができるため、タイヤと路面の間の摩擦力(グリップ力)の変化が少ない。

④ジオメトリー設定の自由度が高く、操縦特性等を任意に変えることが出来る。

⑤細かなセッティング作業を繰り返すレーシングカーに向いている。

※競技車でもタフな環境で運用するラリーカーはサスをユニットごと交換できる方がメリットが大きく、サスペンション形式の優位性はあくまでそのクルマの用途次第です。


つまり、ダブルウィッシュボーンは【意図したセッティングを保てる】特性が秀でている特徴を持っています。

ロードスターに話を戻すと、ライトウェイトの武器となる「軽さ」はボディが跳ねてしまうデメリットを持っているのですが、それをダブルウィッシュボーンの特性を活かしてある程度吸収することで(=動く足)【メカニカルグリップ】を生み出すセットにしてあります。電子制御ではなく、あくまでメカの特性としてグリップできる足に仕上げているのです。

つまり、よほど無茶な状況ではない限り、片足を浮かせて(内輪が地面から離れて)コーナーを曲がることはないはずです。

したがってエンジニアが意図したセッティングを保ってくれるなら良し、自分で意図したセッティングで楽しめるならなお良し!という事といえるでしょう。放置されてダンパーが抜けたりアライメントが狂ってしまったロードスターであっても、フレームが歪んでいない限りはマージン内で稼動するので(まっすぐ走らなくても)軽快にコーナーをこなしてしまうのです。

素性にこだわるロードスター


繰り返しますが、他の点においてもロードスターはスポーツカーとしての素性にとことんこだわっています。例えば、初代ロードスターはタイヤに頼るセッティングは行われませんでした。

初代の純正タイヤ(185/60R14)の重さは7.5kg/本と、通常の14インチ(10kg/本)と比較しても規格外に軽量な専用品がセットされていましたが(※)、軽すぎるが故にピーキーで安っぽいハンドリングにならないようアライメントで躾けられてており、それが気に入らなかったら自分で調整してくれ・・・と、整備書には許容範囲も記載されています。また、再販されたNAロードスター純正タイヤ「SF325」もレトロフィットは行われていますがグリップではなくトレッドパターン(味わい)重視とアナウンスされました。

今となれば多様なスペックのタイヤ選択が可能になっていますが、実際にはスペック表記だけで乗り味を判断するのは難しく、サーキットのタイムアタックなど分かりやすい目的がない限り、そうそう履き替えることができないタイヤの優位性は断定できません。逆に、自分の走り方にあったタイヤを選ぶのがスポーツカーの楽しさのひとつでもありますけどね・・・

しかし、ここまで肩肘を張らずともダブルウィっシュボーンはタイヤの摩擦力(接地面)を稼ぐことのできるようにセットされています。メカニカルグリップという「素性」が整えてあるからこそ、ロードスターは誰でも楽しめるハンドリングマシンに仕上がっているのです。

※15インチ(195/50R15)タイヤは13㎏~14kg/本となので、14インチと15インチではフィーリングが大きく変わります


そもそも、NAロードスターは過去のライトウェイトスポーツ(LWS)をリスペクトする企画として始まりました。もちろんオーナーの楽しみ方はそれぞれですが、LWSのアフォータブルを実現するために、なるべく既存のパーツを組合せて、安く、軽く、楽しく、そしてカッコ良く・・・という設計思想がありました。

だから「ドライバーとスパナ」の車載工具だけでクルマを弄ることができ、安いタイヤを何度も履き替えて戦地(サーキットや峠)へ赴く・・・それがライトウェイトスポーツカーの趣(おもむき)のひとつであると定義されていました。


したがって、ロードスターのサスペンションアームにあるボルトは古き良きカム式になっており、キャンバーやキャスターの調整が容易になっています。ダンパーやスプリング、スタビライザーは圧入やカシメ構造を避けてボルトやナットで構成されるシンプルな締結になっています。これは分解を容易にするためでした。

こういったスポーツカーとしての「素性」を突き詰めた結果がダブルウィッシュボーンの採用経緯であり、どんなにダンパーがヘタっても、どんなにプアなタイヤでも、繰り返しますがロードスターは「素性」によるハンドリングカーを実現しているのです。

では、その味付けはどのようにされていったのか。次回に続きます。

NA/NBロードスター 足周りの特性(セッティング)

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