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今回は北米において返品騒動に発展した、NBロードスターの「パワーロス事件」のご紹介です。※いい話だけでなく、あらゆるNBの事実を残すことが、このWebのコンセプトです。
日本においては昔から、クルマの車格を「出力」「排気量」「ボディサイズ」といったスペックで判断する風潮があり、大きいほど上位とされてきました。特に、スポーツカーを語るなかで「エンジン出力」というテーマは、常にエンスージアストの関心を引くもの。
この常識に反し、「ミニマムであればあるほど凄い」とされるライトウェイトスポーツは、稀有な存在かもしれませんね。一方、NBロードスターはグローバルカーゆえに、その出力表記や実際のパワーには、時に複雑な事情が絡んでいました。今回は、カタログスペックの奥に隠された、ひとつの物語を紐解いていきましょう。
分かりづからった、エンジン出力の世界
エンジン出力の表記は国や地域によって様々で、読み解くのがなかなか厄介な存在です。日本では「ps(仏馬力)」表記が一般的でしたが、近年のスタンダードは「kW(キロワット)」であり、「bhp(ホースパワー:英馬力)」といった単位も使われていました。
さらに、同じエンジンでも「グロス」と「ネット」という二種類の出力表記が存在しました。
エンジン単体で計測された出力
ネット(Net)
クルマに搭載された状態に近い、補機類(オルタネーター、エアコンコンプレッサー、排気系など)が接続された状態で計測する出力
当然ながら補機類による抵抗がある分、「ネット」の方が「グロス」表記よりも実際の出力に近い値となります。一般的に、ネットはグロスのおよそ15~20%減とされており、国内では1985年以降、ほとんどの国産車がネット表記に移行しています。
それでも、一昔前のNA(自然吸気)エンジンの実馬力測定では、カタログ値に達しない残念なレポートがしばしば見受けられました。よく「本当にネット測定なのか?」という憶測が飛び交ったものです。これは、ネット測定においても、走行時における空気抵抗などを計算で補正しているからであり、あくまで「実車のシミュレーション」で計測されている背景があるからです。
マイナーチェンジで進化を遂げた、NB8ロードスター(NB2)
2000年、NBロードスターは後期型(通称NB2)へとマイナーチェンジを行いました。エクステリアの変更に加え、ボディ剛性の強化、そして1800ccエンジンには可変バルブタイミング機構(S-VT)が採用され、出力アップが図られました。
具体的な1800ccエンジンのスペックを比較してみましょう。
NB1(1998年式):BP-ZE型
・106kW(145ps)/6,500rpm
・16.6kgf・m/5,000rpm
NB2(2000年式):BP-VE型
・117kW(160ps)/7,000rpm
・17.3kgf・m/5,500rpm
当時はMR-S、MG-F、S2000、バルケッタ、Z3、ボクスターといったライバルのスポーツカーが乱立する中で、ロードスターの「ライトウェイト」という素性だけでは、商品力を訴求しきれなかったのも事実です。このマイナーチェンジにおける出力アップは、分かりやすく車格を引き上げる「カンフル剤」として期待されました。
ところが、グローバルで見ると厳しいエミッション(環境対応)問題が絡むため、欧州と北米の後期型Miata/MX-5は、日本仕様とは異なるエンジンが採用されていました。
NB1(1998年式):BP-4W型
・100kW (140 bhp) / 6,500rpm (※日本換算145ps)
・161N·m (119 ft·lbf) / 5,000rpm
NB2(2000年式):BP-Z3型
・109kW (146bhp) / 6,500rpm
・168N·m (124 ft·lbf) / 5,000rpm
→(日本換算:109kW(148ps)/6,500rpm、17.1kgf・m/5,000rpm)
つまり、160馬力(日本表記。英馬力では約155bhp)仕様は、日本と豪州のオセアニア市場のみに投入され、他の地域ではパワー・トルク共にスペックが異なるエンジンが採用されていたのです。
北米マツダ「カタログ誤表記」事件
そして今回のトピックに繋がるのが、北米市場で起きた「カタログ誤表記」事件です。北米マツダは、NB2の初期カタログで、なんと日本仕様のエンジン出力をそのままプロモーションに使い、さらにそのまま販売(デリバリー)までしてしまったのです。
繰り返しますが、マツダに限らず当時のNA(自然吸気)エンジンは、カタログ表記の馬力を実測で達成できないのが「当たり前」という風潮がありました。しかし、海外の自動車雑誌がNBのマイナーチェンジを紹介する企画でパワーチェックを行うたび、カタログ値との乖離がたびたび露呈しました。
ついに、米国の有力自動車雑誌が加速テストを実施し「カタログ馬力ではありえない」と遅いタイムを指摘したことから事態は大きく動き、最終的に北米マツダは【公式な謝罪文】を発表する展開になったのです。
Mazda Miata roadster fans who held out for 2001 models to get this year’s more powerful 155-horsepower engine got less than they paid for, Irvine-based Mazda North American Operations admitted Thursday.
Thirteen horses were lost in tuning the car for U.S. emissions standards, reducing output to 142 horsepower. Mazda caught the goof after a major car magazine ran its own acceleration tests and found the car’s zero-to-60 acceleration times about half a second slower.
Mazda then ran its own tests and confirmed the power decline, said spokesman Fred Aikins. Miatas sold in Japan have the advertised 155 horses, he said.
Engines on the U.S. cars can’t readily be retuned for more power, so Mazda said it will buy back at the original purchase price any of the 3,500 vehicles already sold in the U.S. if the owners are unhappy with their lower horsepower rating. The cars carried a $22,000-to-$24,000 average sticker price.
Owners who opt to keep the two-seat convertibles will receive a $500 debit card and a certificate for free maintenance on their 2001 Miatas for the remainder of the three-year factory warranty.
<意訳>
より強力な155馬力エンジン(※1)を期待して2001年モデルのマツダ・ミアータロードスターを購入したファンは、期待を下回る性能しか得られなかったと、アーバインに本拠を置く北米マツダは木曜日に会見で認めました。
大手の自動車雑誌(※2)が独自の0-60マイル加速テストを実施し、車の加速タイムが約0.5秒遅いことを指摘していました。
フレッド・アイキンズ広報担当は、マツダが自らテストを行い馬力低下を確認したと語りました。これは、米国排出ガス基準に適合させるためのチューニングによって13馬力が失われ、出力が142馬力に低下していたことを認めたことになります。日本で販売されているミアータは宣伝通りの155馬力であるとも述べました。
マツダは、米国ではエンジンを容易に再調整できないため、もし所有者が低い馬力評価に不満を持つのであれば、すでに販売された3,500台の2001年モデルを元の購入価格で買い戻すと発表しました。これらの車は、平均22,000ドルから24,000ドルの小売価格です。
クルマを所有し続けることを選択したオーナーには、500ドルのデビットカードと、残りの3年間のメーカー保証期間中の2001年モデル・ミアータの無料メンテナンス証明書が提供されます。
※1海外の最新モデルは次年度表記、馬力単位は英馬力
※2Car&Driver誌など
北米マツダの対応
誤解を招いたパワーの主張のために、マツダは2001年モデルの買い戻しにまで踏み切らざるを得なくなりました。
当時の為替レートを約125円とすると、小売価格は円換算で275万円~300万円になります。驚くべきことに、所有継続を選んだオーナーには、無料メンテナンスに加え、約62,500円相当のお小遣いが支給されたのです。これはこれで、なんとも羨ましい話ですね。
当然、その後のカタログ表記は修正されるのですが、当時インターネットは黎明期だったこともあり、このエピソードは日本国内でほとんど話題にならなかったのは、今となっては興味深いです。もちろん隠蔽(いんぺい)はしなかったので、当時の日本では単にNBロードスターが不人気で、この件に興味を持つ層が少なかったことを感じずにはいられません。
また、実際はこの件で販売台数が大きく低下することもなく、むしろ(海外では)NAロードスターよりもNBロードスターは売れ続けました。この出来事を振り返ると、マツダの初期対応の良さとともに、馬力だけではクルマの価値を判断しないMiataフォロワーが、しっかりと育っていたことが証明されたのかもしれません。
実はRX-8でもやらかしている
余談ではありますが、マツダは数年後、あのロータリースポーツ、RX-8においても海外で出力問題を指摘され、カタログ表記の変更を行うことになります。どうやら、この「出力表記」問題は、マツダにとって、なかなか乗り越えられない壁だったのかもしれません。
「見えないパワーロス」とロードスターの真髄
実馬力ネタは国内でも存在します。NBロードスターは、NB2からNB3の移行で、厳しくなるエミッション対応のために排ガス規制対応ユニットが装着され、実は出力低下が起きています。私自身、当時のディーラーでマツダ本社の方から内部資料を見せられ、「5馬力下がるんだ・・・」と残念に思った記憶があります。
それなのに、NB3ロードスターのカタログ馬力は「160馬力」だったのは、大人の事情とでもいうべきでしょうか。NB乗りにとっては周知の事実ですが、当時の「中の人」が本件においてこそっと漏らしていたのは「(カタログ馬力の未達は)トヨタもやっていたしね・・・」と、何とも言えない回顧をされていました。
ただし、ここで重要になってくるのは、ロードスターのエンジンにおける持ち味は、決してカタログに記載されたピーク馬力だけではないということです。当時の開発主査の言葉を借りると、ロードスターの真髄はダイレクトな加速をどの回転域でも活かすことのできる「中間トルク」にあります。サーキットならともかく、日常使いにおいて床までアクセルを踏み込む場面はそうそうありませんからね。
適度なパワーと、それを意のままに操る「人馬一体」の感覚こそがロードスターの美点である、というフィロソフィーは、35年以上経った今でも継がれている、普遍的な価値なのです。(決してVTECへの負け惜しみではありませんよ!)目立つリコールが少ないロードスターですが、こんな事件もあったという、歴史の一コマをご紹介させていただきました。
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