ロードスターのデザインで「大きさ」を比較する

ロードスターのデザインで「大きさ」を比較する

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現実世界において物理的なサイズの変更はできませんが、あえて「大きさ」の基準を合わせてロードスターを比較すると、世代を超えたデザインの共通点が明確になります。面白いのは、この比較で一番コンパクトに見えるのがNCロードスターであり、一番大きく見えるのはNDロードスターであること。実際のサイズ感とは真逆になるんですね。

ちなみに、今でこそかなりコンパクトに見えるNAロードスターであっても、そのデビュー当時は源流といえる英国製ライトウェイトスポーツカー、例えばロータス・エランなどと比較され、「巨大過ぎる」と批判されていました。

実は「大きい」といわれていたロードスター


小さくて軽い「ライトウェイトスポーツカー(LWS)」なロードスターは、そのコンパクトなサイズであること自体が、本質的な魅力のひとつになっています。

ただし、当時の最新技術を盛り込む必要があったため、ボディサイズ要件は「環境に対応するパワートレイン」「時代に合った安全基準」といった工業製品としての責務を果たしつつ、「大人二人が旅行できるトランク容量」を確保する、という機能性から逆算してデザインが構成されています。

今でこそLWSのベンチマークといっても過言ではないNAロードスターも、精神的な祖先となる60年代の英国製ライトウェイトスポーツ、つまり「ロータス・エラン」「トライアンフ・スピットファイア」「MGB」といった先輩たちと比較され、デビュー当時は「大きい」「無駄なサイズ」と評されていました。それら英国製LWSが持っていた、走りの要素意外をすべてを削ぎ落したプリミティブな魅力、ある種の「潔さ」を理想とする人々にとって、現代的な信頼性や快適性を備えたNAロードスターは、贅沢に映ったのでしょう。

参考までにロータス・エランのサイズは【全長×全幅:3,683mm×1,422mm】であり、現行の軽自動車規格【3,400mm×1,480mm】とほぼ同じサイズ。対してNAロードスターは【3,955mm×1675mm】と、ひとまわり大きいサイズでした。

時が進み、ロードスターにとって「大きい」という声は、三代目のNCロードスターにも未だに耳にすることがあります。実際、NCが登場した2005年の頃はさらなる安全規制を担保するために、世界中の自動車が大型化と高機能化の道を歩みました。RX-8と一部設計要件を共通化する事情もあり、NA/NBロードスターの「小型自動車(5ナンバー)」から、「普通乗用車(3ナンバー)」へ車格を上げざるを得なかったことも、その原因のひとつでしょう。

ただし、現在のいわゆるBセグメント(コンパクトカー:ヤリス、フィット、ノート、MAZDA2)とNCロードスターを並べると、その凝縮されたフォルムに驚くはずです。時代がロードスターのサイズ感に追いつき、いや、追い越してしまいました。実はNCも、かなりコンパクトであることが分かります。

意地でも確保した、ロードスタートランク


現代的な要件はさておき、それでも「走る機能」以外の無駄は可能な限り削ぎ落したロードスターですが、トランク容量の確保は、あえて意識をして行っています。それはポルシェ911と同じ思想です。911はリアエンジンという厳しいレイアウト制約の中であっても、スポーツカーが特別な日だけの乗り物ではなく、人生を共にするパートナーであるべきであると、常に実用性を確保し続けてきた歴史があります。

ロードスターはLWSとしてトランクスペースを削って軽量化に繋げることは可能だったかもしれませんが、911と同じく「普段使いできる楽しさ」という価値にこだわったのです。もちろん、荷物が乗らないクルマは商業的に厳しいという理由もあったでしょう。ただ、「日常性」を担保した恩恵により、ロードスターは「文鎮」にならず世界中で愛され続けることができた、その要因のひとつといえるでしょう。

このような哲学のもと、歴代ロードスターは時代の要請に応えながら、そのサイズを変化させていきました。

「大きさ」ではなく「フォルム」でクルマを見る

全長 全長差 全幅 全幅差 全高
NA 3955 0 1675 0 1235
NB 3955 0 1680 5 1235
NC 4020 65 1720 45 1245
ND 3915 -40 1735 60 1235

必要最小限のボディサイズで設計されるなかで、【全長】はNA比でNCが+65mm、【全幅】はNA比でNDが+60mmというのが最大の変化幅です。まさにミリ単位、指くらいの長さの範囲でせめぎ合いながらデザインされていることが分かります。


また、人間の目はスペックシートの数字以上に、その造形がもたらす印象を敏感に感じ取ります。特に、クルマのような大きな立体物を認識する際、我々は無意識にパース(遠近感)のついた部分的な印象を強く記憶します。その結果、全体のプロポーションとは異なる「大きさ」の感覚が生まれることがあります。

カーデザイナーがクレイモデルを吟味する際に、何度も遠くから眺めて全体のフォルムを確認するのは、こうした人間の視覚特性を理解しているからです。そこで「スペック」という先入観を排し、フォルムそのもので歴代ロードスターを比較すると、極めて重要な事実が浮かび上がります。

ロードスターの特徴的なアイコン


こちらは「ロードスター25周年記念」で採用されたロゴマーク。ベルトラインとAピラーが織りなすシンプルなシルエットですが、これこそがロードスターの特徴的なフォルムをとらえたアイコンの一例でしょう。


そこで、実際に歴代ロードスターのボディを【同じ大きさ】にスケール調整して重ねてみると、驚くべきことに、ホイールアーチやボンネットフードの高さといった基本骨格はほぼ一致します。

これは、ポルシェ911がそのシルエットを頑なに守り続けるように、ロードスターにもまた、守るべきデザインの「血統」が存在することの証明です。それは単なる懐古趣味ではなく、人馬一体という機能と哲学に裏打ちされた、普遍的なフォルムなのです。

その中で、NCとNDのAピラーがNA/NBに比べて低く、より流麗なフォルムを描いていることが分かります。これは、NCではグラマラスなフェンダーとの対比を際立たせ、NDでは凝縮されたキャビンを強調するための、意図的なデザイン的調整といえるでしょう。


前後から見ても、仮に全車が「同じ全長」であれば、NC/NDの方がよりコンパクトな造形であることが見て取れます。

NCロードスターのボンネットが高く見えるのは、フロントグリルのレイアウトに起因する視覚効果です。グリルの位置が原因です。他世代よりも上方に配置されているので、顔の位置が高く(大きく)見える錯覚を起こすのです。


したがって、グリルの位置が下まで降りるNC2/3ロードスターは顔の印象が変わっているはずです。

このオーバルグリルは、NAロードスターへのリスペクトから生まれた「ファン・フレンドリー・シンプル」という「敵を作らないロードスター顔」としてNAをリスペクトした思想の表れですが、その一方で、実際の吸気口はバンパー下部に設けられ、グリル上半分は塞がれています。デザイン上の伝統と、現代のクルマに求められる空力・冷却性能を両立させるための、開発陣の創意工夫が垣間見えます。

また、NDロードスターのリアが腰高に見えるのも、伝統的なロングノーズ・ショートデッキのプロポーションを、短い全長の中で再解釈した結果です。キャビンを後退させ、リアのオーバーハングを切り詰めたことで、リアタイヤが地面を蹴り出すような、凝縮感と躍動感のあるスタイルが生まれたのです。

NDロードスターのAピラーが後退した理由


Aピラーのレイアウトを見るとプラットフォームを共有するNAとNB、そしてその後継であるNCも、ほぼ同じ位置に配置されています。

対してNDのAピラーが大きく後退しているのは、NC比で-105mmという大幅な全長短縮の中で、現代の衝突安全基準を満たすクラッシャブルゾーンと、エンジン搭載スペースを確保するという、極めて現実的な要件があったからです。また、FRスポーツカーのデザインにおいて、フロントアクスルからAピラー根本までの距離は、そのプロポーションの美しさを決定づける重要な要素です。結果、流麗なプロポーションに繋がったといえるでしょう。

さらに言えば、後に兄弟車としてアバルト・124スパイダーに搭載される嵩(かさ)のあるターボエンジンを収めるという、グローバルな事業戦略もこのレイアウトに影響を与えたと推察されます。つまり、NDの美しいプロポーションは、デザイン的な意図と、技術的・事業的な必然性が高度に融合した結果なのです。

また、上から見ると【全幅】が稼げているNC/NDロードスターは、前後のオーバーハングも軽量化のために、ばっさり削っていることがよくわかります。時代の流れで「ゴルフバック2セットの容量を確保」という価値観がなくなったため、トランクにリセスは必要なくなったからです。スペアタイヤも廃止されたことで、トランクは深くなり容量も増加しています。

最も小さく見える、NCロードスターのデザイン


ボディサイズの物理的な拡大は、時代が求める安全性能や環境性能を満たすための必然的な変化でした。一方で、ロードスターのデザインも、伝統といっても過言ではない「フォルム」として引き継がれてきました。

そのなかでもNCロードスターは、プラットフォームをRX-8と一部共有するという制約の中で、いかに「ロードスターらしさ」を表現するかという、極めて難易度の高い課題に挑んだモデルです。


仮定の話になりますが、もしNCロードスターがNAのボディサイズのまま登場していたとしたら、それは歴代で最も凝縮感のあるロードスターとして認識されていたかもしれません。NA/NBのコークボトルシェイプから、塊から削り出したようなオーバルシェイプへと進化したのも、物理的な拡大を視覚的に引き締めて見せるための、計算され尽くしたデザイン的回答でした。


そう考えると、NCロードスターは、時代の要請という制約の中で最もコンパクトに見えるフォルムを追求した、極めて秀逸なデザインであったと再評価できるのではないでしょうか。

時代と共に守りつつも進化するロードスターデザイン。次世代の開発は既に始まっているでしょう。電動化という大きな変革期の中で、マツダがどのような「人馬一体」の形を示してくれるのか。その日が楽しみです。

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