ロードスターの人馬一体とは(前編)

ロードスターの人馬一体とは(前編)

この記事を読むのに必要な時間は約7分です。

今回は「ロードスターの楽しさ」を可視化するために、NCロードスター開発時に発表された論文「感性エンジニアリング」を読み解きます。

「勘」を「感」に熟成していった


ロードスターはデビュー当時から「人馬一体」というキーワードで語られてきました。でも、これの意味を問われると、なかなか答えづらくないですか?軽快なハンドリングなのか、馬力を使い切れることなのか、オープンで空気を感じることなのか。なかなか翻訳しづらいんですね。

この“楽しさ”にあたる共通言語の解釈は、NA開発当初から課題になっていたそうです。事実、NAロードスターはそれまでのマツダエンジニアが蓄積してきた職人的な「勘」で造られたという・・・まさに奇跡の乗り味で重デビューを飾れたというのが実情だそうです。

そして、その「勘」を「感(乗り味)」へ可視化して・・・「人馬一体」を追求していったのがNBロードスターで、これはNBロードスター自体が【フルモデルチェンジ】ではなくて事実上【ビッグマイナーチェンジ】だったからこそ、熟成を重ねることが出来たからです。

人馬一体・・・どういうこと?


ここまでは結果オーライ、雲を掴むような話もなんとかやれてしまった・・・のですが、問題が発生しました。それはNCロードスターの開発です。

開発自体は喜ばしいことなのですが、今まで「勘」で培ってきた開発メンバーがほぼ総入れ替えになってしまい、プラットフォームも新規(SE型と共用)・・・となった時に、ロードスターの「人馬一体」を引き継ぐエビデンスは実車以外には存在せず、解析するところから始まったのです。

NCロードスターの企画のひとつには、社内要望によりフルモデルチェンジ時点でLWS(ライトウェイトスポーツ)からGT(グランツーリスモ)寄りにする要望もありました。

そこで、NCロードスターを開発する前に熟成していった「感」・・・つまりコストやデータでは見えないロードスターの「乗り味」を解析した「Vehicle Development through “Kansei” Engineering」(感性「人馬一体」を持つクルマの開発)という論文が作成されました。

主たる目的は、マツダ経営陣にロードスターの「人馬一体」を理解してもらい、ライトウェイトスポーツの方向性を守るためです。著者は貴島孝雄さんと平井敏彦さん。共に歴代ロードスターの主査をされたお二人になります。

感性エンジニアリング


ちなみにこの論文は、モビリティ専門家を会員とする米国の非営利的団体、SAE International(SAEインターナショナル)のWebサイト上でも公開されています。アップロードは2003年3月3日、NB3発表直前なので、NCロードスター開発タイミングと合致します(恐らく社内共有はもっと前でしょう)。

論文の内容はNA/NBロードスターがなぜ「人馬一体」を感じることができるのか!という直球勝負になっています。
参考サイト:https://www.sae.org/publications/technical-papers/content/2003-01-0125/

一般的に「感性」という言葉を調べてみると、【印象を受け入れる能力。感受性。また、感覚に伴う感情・衝動や欲望。】とされています。まさにエンジニアの「勘」を「感」へ紐解いたもので、ドライバーが「人馬一体」を感じる状態を言葉に置き換えています。

論文自体はSAEのWeb以外にも、貴島さんの著書「ロードスター的幸福論」に収録されています。
そこでここからは、その原文を解読していこうと思います。

ロードスターの開発コンセプト


ロードスターはスポーツカーでありながら、速く走ることを求めていません。あくまで「運転すること自体を楽しむ」ことが目的で造られています。

それは「性能や品質の良さ」といった一般的に定量化されているものではなく「楽しさ」「美しさ」といった、物差しで測ることのできない「感性」をセールスポイントにする、そんな商品開発でした。

したがって「感性」を表現するためにも「モノ創りの思想」を反映した個性が必要不可欠だと開発陣は考えました。そこで日本車としてのアイデンティティ(日本文化)を表現し、顧客の心に訴求していこうというコンセプトが生まれました。

機械をただの消費資材でなく、長く使うことで愛着の湧くような道具にする・・・使い捨ての製品には感じない、そんな感情が湧くような商品、形はなくてもいつまでも心に残るような製品でありたい。

そして、現代にライトウェイトスポーツを復活させるためのキーワードとして、乗馬用語の「人馬一体」をキーワードとしました。乗馬の世界では「騎手と馬がお互いの心までもが通じ合ったとき、最高のパフォーマンスが発揮できる」とされているのです。

これは日本伝統の流鏑馬(やぶさめ)の神技に通ずるもので、それをマシンで再現していこうというコンセプトなのです。

マツダの考えるLWS(ライトウェイトスポーツ)の定義とは


機械の開発では、アウトプットされる“性能”を最重視します。

エンジニアはドライバーの指示を忠実に反応するようにセッティングをおこない、更に高度なプログラミングでドライバーの意志を予測してアクセルやブレーキを作動させ、コーナーリングのマージンを確保していきます。ただしその反面、機械が先行しすぎるとドライバーの意志とは違った動きが介在する可能性も出てきます。

つまり、スポーツカーで「人馬一体」を実現するには、ドライバーとクルマがどんな走行条件でもコミュニケーション(意思疎通)出来る状況を確保することが重要になります。つまり、機械は介入するのではなく、ドライバーと一体になることでパフォーマンスが発揮できるのがベストになるのです。


また、クルマとの一体感を感じるシーンは走行時だけではありません。停車時・・・例えば、都会の喧騒を離れ、海や山などの「自然」を全身で満喫するシーン・・・光、風、音、大気の匂いまでも全身で感じることのできる状況。

そんな一体感を得るためには、気軽に幌を開閉できるオープンボディが必須条件とも定義しました。

そこで「人馬一体」を落とし込むパッケージは「FR駆動」「2シーター」「オープンボディ」が必須であるとし、これをマツダLWS、ロードスターの基本的なパッケージとしたのです。

では実際に「人馬一体」をどう創り込んでいったのか?次回に続きます

ロードスターの人馬一体とは(後編)

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