精悍な表情へ(ロードスター後期型)

精悍な表情へ(ロードスター後期型)

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コントラスト・イン・ハーモニー。この言葉だけでは理解しづらいと思いますが、これはフォード傘下に入った90年終わりころのマツダブランド戦略に関するキャッチフレーズです。

マツダ・ブランド戦略


この言葉の意図は、一目でわかる「マツダの存在感」と「機能・スタイリングの調和」にあります。そこで、マツダ車のデザインには不文律が設定されました。ファイブポイントグリルの採用、フロント/リア、ステアリング/ホイール中央にマツダマークを入れる、リアビュー右に社名、左にマツダロゴを入れるという不文律です。

この時期のマツダは、初代デミオ、プレマシー、MPV、ファミリア、カペラ、ミレーニア(ユーノス800)が生き延びると同時に、これら基幹車種には全て上記の不文律が取り入れられました。それと同時に、売れない車種はばっさりとリストラされていきました・・・

当時でこと「同じ顔に見える」とされていましたが、それは意図したもの。遠くから見てもマツダだ!と感じてもらうための戦略だからです。

また、社内的にはモデル継続をしないと決定していたセブン(FD3S)もマイナーチェンジにて(強引だけど・・・)エアインテークを五角形グリルといい張り、延命処置を受けてました。ちなみに、基本的なファミリーフェイスはマツダの「フライング・M」シンボルマークを中心にそなえてファイブ・ポイント・グリルが構成されるようになっています。セブンのチーフデザイナーの佐藤洋一氏はこの5型バンパーがお気に召さないとか・・・

フェイスリフト、NBロードスター後期型


そして当然ながら、NBロードスターも2000年7月にフェイスリフトが実行されました。

デザイン上でエクステリアのパーツが変更されたのは、ヘッドライト、フロントバンパー、テールライトの3つのみです。そのなかでも、NBロードスターで一番印象に残るヘッドライトの変更は効果絶大でした。プロジェクター・ビームの3眼で薄く精悍になった目つきと、その先端からフロントバンパーに繋がる鋭いキャラクターラインで、精悍なイメージが増したからです。

なお、はっきりしたキャラクターラインがない(ほぼ曲面で構成されている)NBロードスターで、目張り(歌舞伎の隈取)が入るだけで、これだけ印象が変わってしまうのは驚きです。

左:前期型 右:後期型

NB1ではショップオプションで穴をあける必要のあったフォグランプ取付口は、後期型になって最初から用意されています(フォグを付けない場合は蓋をしてある)。そしてグリルは五角形をデザイン的に解釈したものに変更です。

このフェイスリフトの意図は、当時”女性的”と言われていたNBロードスターのデザインを、言葉通り「精悍なもの」にイメージチェンジする事にありました。実は、NB前期型のディーラー内覧段階でプレッソやクレフ風の「マツダ顔」が不評を買い、NBロードスターデビュー時点から後期型フェイスの変更は決まっていました。なお、NB前期型はアメリカ発のデザイン案(仕上げは日本)でしたが、後期型は日本のデザインチームが行なっています。

また後期型のRSグレードは、可変バルブタイミングエンジンによる出力向上と、専用剛性パーツの付加、16インチアルミホイールの採用など、機能的にも大幅にアップグレードしたので、このマイナーチェンジは市場に好意的に受け入れられた記憶があります。テーマカラーのクリスタルブルーメタリックは、自動車のボディカラーとしては誰も見たことのない色でした。

パーツの共有化と豊富なボディカラー


左:前期型 右:後期型
テールライトはウインカーにおける「オレンジ」の差し色が無くなっただけに見えますが、実は丸を重ねたデザインに変更されているのみですが、印象が変わるのは不思議です。


また、マツダ全車共通のオーディオユニット採用や、カップホルダーが2つになったり、シートも軽量化を行い、よりバケット形状で改良しました。特にインテリアカラーはそれまでのファブリック、タンに加えて、赤い内装(RS2とNR−A)や黒革の内装なども追加されていました。

そしてNB後期型は豊富なカラーラインナップがありました。あまり売れないロードスターに、カンフル剤として年次でカラーテーマを設定してたり、ビビッドな色も積極採用されていて驚きます。とりわけロードスターオーナーは”自分だけの仕様”を好みますので、拍手喝采ものの処遇です。

ひと味違う、限定車たち


NB後期型では変わった限定車も出ました。

コンセプト発表の段階では「RSクーペ」とよばれていた「ロードスタークーペ」。外国の方が聞いたら笑われるネーミングですが、かなり秀逸なデザインです。Cピラーからトランクへの流れは神がかっているものを感じます。これは「RSクーペNR−Aコンセプト」

しかし、当時マツダの字品第一工場の塗装ラインが火災を起こし、「クーペ」自体はは予定数生産されませんでした。また、貴島主査は「俺が病気の時にあんなもん作りやがって」ともおっしゃっています。

そして、火災後のNBロードスターは新規では1600ccしか注文出来なくなり、どんどん市場が収束していったのでした。当時、実はロードスターが生産中止になるのでは?という雰囲気まであったりして・・・

なかなかホンモノを見る機会が少ない激レアがこちら、「ロードスタークーペ・タイプE」です。出会ったら拝むレベルです。

ちなみにロードスタークーペの総生産台数は179台(うち、タイプAは40台、タイプEは23台、ほかはノーマル顔)だそうです!国内専用でかつ、25周年記念車よりもレアです。また、国産車では最後の【5ナンバーFRクーペ】となります。

そして同じ時期に販売された「ロードスター・ターボ」!見た目の違いはブラックアウトしたヘッドライト、チンスポイラー、リアスポイラー、バンパーガーニッシュ、世にも珍しい4穴17インチホイール、そしてM2やNDロードスターのように、リアフェンダーにリップが付いています。

このモデルは海外のモアパワー要望に応えるべく発売されたのですが、馬力重視ではなくトルク重視で出たのはマツダらしいです!こちら、海外名は「Mazdaspeed MX-5 Miata」と呼ばれます。

継続は力なり


没個性になりがちな当時の国産車において、マツダで採用されたファイブポイント・グリル。個人的にはNBロードスターの後期型は、オリジナルデザインから更にマツダ・ロードスターらしさを昇華した素晴らしい造形ではないかと思っています。

何より、NAロードスターの実質なマイナーチェンジなので、89年のデビューから05年の生産中止まで、約15年熟成されてきたマシンとしての素性は、偉大なる先代の完成形であるという側面もあります。デザインの話とは違いますが、貴島主査がNC2発表時にロードスターとしての完成度はNB後期型であると爆弾発言しているのもうなずけます。

共通フェイスも現代では当たり前になったブランド戦略ですが、日本車として当時から続いているのはマツダ位ではないでしょうか。継続は力なり、ですね。

NBロードスター後期型 総生産台数(国内)
NB2:8,692台
NB3:2,253台
NB4:2,335台(ターボ300台含む)
NB7:179台(クーペ)

合計:13,459台

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