ロードスターのフルモデルチェンジから逆算する(NA/NB)

ロードスターのフルモデルチェンジから逆算する(NA/NB)

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開発主査が「本当にどうしようもなくて変えた」と回顧するように、ロードスターは商品寿命の限度ギリギリまでフルモデルチェンジを行わないそうです。たとえばNBロードスターへのフルモデルチェンジは安全要件のレギュレーションに対応するためであり、NCロードスターではNA/NBで使用されていたパワーユニットとなる「B型エンジン」が環境規制に対応出来なかったためでした。

モデルチェンジはレギュレーションの変更の歴史


現代に蘇ったライトウェイトスポーツカー・マツダロードスター(Miata/MX-5)は、約35年の歴史の中でマイナーチェンジやフルモデルチェンジを繰り返し、現時点で4世代目にまで至りました。

世代ごとに馬力向上、剛性強化、快適化、デザイン進化、豊富なオプションパーツ、さらにコストダウンなどの見どころが増えていきますが、アップデートが行われる一番の背景には「継続販売」していくためのレギュレーション対応、つまりエミッション(環境規制、騒音規制)や保安基準(安全要件)に対応するものが中心になります。ロードスターはグローバルカーであり世界販売でモトが取れる計算になっているからこそ、それが必須要件になるのです。

ただ、カタチや数字で見えないところへユーザーはお金を出しません。そこで商品力の向上をアピールするために「〇〇の性能が上がった」とか「〇〇のデザインがこうなった」なんて、分かりやすい変化が目立ってアナウンスされます。かつて、ロードスターにおけるフルモデルチェンジの定義を開発主査をされていた貴島さんよりお聞きしました。

繰り返すが、ロードスターのフルモデルチェンジは基本的にレギュレーション対応になる。燃費や歩行者保護などの規制に対して、現モデルで対応出来なくなったら区切るという選択しかやっていない。NCも、本当にどうしようもなくて変えた。

貴島さんインタビューより引用 → https://mx-5nb.com/2020/01/09/kijima2017-12/

ちなみにブランド料金とは別として、自動車価格(値付け)の大原則となるのは「重いほど高く、軽いほど安い、さらに重いクルマを軽くするのが最も高い」とされています。そこで今回は、走るための基本機能以外は何もなかった「素うどん」状態から始まったロードスターが、どのようなレギュレーション対応を行なっていったのかを追っていきます。

なお、フルモデルチェンジでは「前世代で出来なかったこと」が分かりやすく行われます。全ての変化がポジティブに機能するわけではないので、あえて次世代に継続されるわけでないのが面白いところでもありますが、その観点からも紐解いていきましょう。

NAロードスターのレギュレーション対応


オプションで選択可能だったとはいえ国内仕様ではエアコンなし、パワーウインドウなし、オーディオなし、エアバッグなし・・・と、現在の目線では驚くくらい「素材」のみで販売開始された初代NAロードスター。お洒落なオープンカーでありながらも販売価格は170万円とう比較的リーズナブルな設定であり、それだけでも大きな話題を産みました。(※もちろん現在とは税金制度、経済状況、レギュレーションの違いがあり、同クラスでもっと費用対効果の高いスポーツカーもいたので、当時の視点でも一概に「安かった」わけではありません)

実際、フロントバンパーは裏打ちされず「針金」で釣っていますし、内装のドアパネルはベニヤ板にシートを張っており、シートのベースは軽自動車用であるなど「走る機能」以外は素材を提供する、完全に割り切った仕様でした。ただ、最初からオプションでハードトップが用意されているのは開発陣の本気度といいますか、どんなキャラクターを目指していたのかが理解できます。

もちろん、これらはアフォーダブル(手が届く)な存在であるための処置であり、意識した「敷居の低さ」はクルマの普及と、豊富なアフターマーケットが生まれる土壌になっていきました。ただし、海外市場では少し事情が異なり、エアバッグやヘッドレストなど各国のレギュレーションに合わせた安全装備が最初から架装されていました。

そうはいっても「素うどん」から少しづつ進化するNAロードスターの仕様を追っていくと、緩めだった空気がどんどん厳しくなっていくことがわかります。

【NA6】
1989:運転席エアバッグ※当初は北米市場のみ、1990年以降オプション選択可
平成元年騒音規制対応(103db)メインサイレンサー変更(シャシーナンバー101120以降)
1990:分割ヘッドレストシート(欧州市場向け)
1991:ABSオプション選択可
1992:サイドインパクトバー(ドア内部)、ブレースバー(リア)追加

【NA6(欧州市場のみ)/NA8】
1994:1800ccエンジン追加
   ブレースバー(車内、フロント)追加
   助手席エアバッグ追加(北米市場のみ)
1996:触媒仕様変更
   運転席エアバッグ標準化(ATのみ)


北米市場において「エアバッグ」は必須であり、ミアータには最初から装備されていた一方で、国内市場ではシリーズ終盤まで標準化(AT仕様のみ)になるのは先延ばしになっていました。ちなみに、近代でも日本国内において「エアバック」は必須要件ではありません。そうはいってもデファクトスタンダードとなっているので付いていないクルマを探す方が大変ですが、当時はABSもエアバッグも基本はオプション扱いであり、自動車保険にも「エアバック割引」「ABS割引」という項目が存在していました。

シリーズが進むごとに増していった各種ブレース(補強)バーは、剛性強化による操縦安定性向上のために備えられたものになります。


エンジン排気量の増加(パワートレイン更新)によるトルク向上も、中間加速やハイウェイ合流等のシーンで走行性能を底上げする、アクティブセーフティの観点から行われたアップデートです。つまり、性能を底上げすることで安全性を確保する考え方です。加えて、年次ごとに厳しくなっていく排ガス規制を低排気量のままで対応するには、馬力を低下させてリソースを回す形になるので、デビュー当初からずっと非力と揶揄されていたNA6シリーズの商品力向上を行う意味もありました。

ただし、低馬力である方が税金面で優遇される欧州市場においては、NAロードスターの後期であっても1600ccエンジン(NA6)が併売されており、エミッション対応も実現した96ps程度のパワーになっていました。床まで踏んで加速する方がライトウェイトスポーツらしいと捉える土壌があったのも、併売が求められる背景にあったのでしょう。

面白いところでは、ユーノス極初期型のメインサイレンサー(ユメックス製のマフラー)はメーカー品とは思えない「いい音」を確信犯的に提供していたのですが、流石にマズいとなりパーツ更新が行われました。これはのちにマツダスピードブランドのパーツとしてアップデートされたものが販売されています。

逆に、次世代となるNBロードスターの視点から鑑みると、NAロードスターが「実現できた・できなかった」ものは分かりやすくなります。

<実現したもの>
・ライトウェイトスポーツカーの復活
・アフォーダブルな存在
・オープンカー市場の開拓

<変更を余儀なくされたもの>
・ボディ剛性の強化
・パワーユニットの熟成
・シャシーセッティングの熟成
・品質・質感の向上

NBロードスターのレギュレーション対応


実は、NAロードスターは2000年まで「デザイン凍結宣言」・・・つまり、そのままの形で10年は販売すると宣言されていたのです。しかし、厳しくなるレギュレーションに年次改良では対応しきれず、結果としてフルモデルチェンジの時期が早まってしまいました。マイナーチェンジ毎に行っていた「つぎはぎの補強」では、特に安全要件が満たせなかったのです。

しかし、単なる補強対応では重量増を招いてしまいます。そこであらためて、ライトウェイトスポーツとして「骨格から見直そう」となり、基本となるN型プラットフォームはそのまま流用しつつも、素性の良さを伸ばす方向で開発は進められました。結果、クルマのシルエットが大きく変わるわけではなく、確信犯的に先代へ部品流用(レトロフィット)できるようにもなっており、NBロードスターは純然たるフルモデルチェンジではなくビッグマイナーチェンジのような進化となりました。

そのせいで一部界隈では「また同じ、変わりばえしない」と批判を受けることにもなりましたが、NBロードスターにおけるシャシーとパワートレインの磨き込みはスポーツカーとしての熟成を重ねることに繋がったので、ロードスターというキャラクターにおいては大英断だったといえるでしょう。


ちなみにこれはNBロードスターに限らず、(デザインが大きく変わっているので気づきづらいですが)B13ロータリーエンジンを使い続けていたF型プラットフォームのRX-7シリーズも、同様のフルモデルチェンジの思想で進化を重ねてきました。近年では現行型フェアレディZ(RZ34)も同じ手法になりますね。


そんなNBロードスターへのフルモデルチェンジで特に大きな変化となったのが、衝突軽減ボディ(MAGMA)の思想が取り入れられたことです。94年以降の新型車はフルラップ前面衝突試験が義務化されており、乗員保護を強化するためのクラッシャブルゾーンの設定、ガゼット補強による剛性強化、トランク内装備の低重心化(バッテリー、スペアタイヤ)、逆にキャビン内の無駄なブレースバーは必要なくなり廃止するなど、同じN型プラットフォームであっても大幅にアップデートされました。

ちなみにユーノスロードスターのホワイトボディは211kg、NBロードスターのホワイトボディは230kg(+19kg)。実質の標準仕様だったユーノスロードスター・スペシャルパッケージ(NA8最終型)が実車重1,010kg、ほぼ同クラスのNBロードスターのSグレード(NB8)が車重1,020kg(+20kg)。

NBロードスターが固定ヘッドライト化となったのは欧州灯火規制によるものですが、結果「慣性モーメントの低減(重量物を中心へ、低く設置する)」を狙った処置に繋げたことは有名な話ですが、さらに幌骨の軽量化など様々な「グラム作戦」を行ったうえで、先代からほぼ「ボディ補強分しか重くなっていない」結果となりました。

まさに「軽さは性能」を実現するためのエンジニアの執念であり、さらに伝説のエアコンレス標準車(NB6C)は車重1,000kg(諸元上の数字で、実車重はトン切り)を実現しています。

【前期型:NB6/NB8】
1998:衝突軽減ボディ(MAGMA)技術の採用
   運転席・助手席エアバッグの標準装備
   平成10年騒音規制対応(96db)
   Aピラー内構造材の追加
   シートベルトプリテンショナー、フォースリミッター追加
   ABS標準装備(ATのみ)
1999:クラッチスタートシステム追加

【後期型:NB6/NB8】
2000:1800ccエンジン仕様変更(オセアニア市場のみ)
   各種シャシー補強パーツの追加
   ヘッドレスト一体型シートの採用(世界標準仕様)
   DSC追加(ATのみ、他グレード選択可(ABS併用))
2002:触媒仕様変更(平成12年国内排出ガス規制対応)
   Aピラーガード追加
   チャイルドシートアンカー追加

参考リンク→https://mx-5nb.com/2020/01/30/nb-safety/

パワーユニットとなる「B型エンジン」は環境規制に対応しつつパワーの底上げを達成し、結果として1800cc(NB8)だけでなく1600cc(NB6)のユニットも復活させることができました。さらに、本来のフルモデルチェンジ時期をターゲットにしていた2000年、つまりNBロードスター後期型では更なるデザイン変更とともに、ボディ、エンジンと大きなテコ入れが入りました。

なお、可変バルブタイミング(S-VT)を採用した後期型エンジンの高出力版(BP-VE)はアジア・オセアニア市場のみの提供で(日本、オーストラリア)、北米や欧州ではレブリミットと出力が抑えられています。


ただし、そんなBP-VEエンジンも2002年8月以降では排気ガス規制に対応するため、NB3以降では触媒を中心にした排気系の仕様変更が行われました。カタログ値はそのままで記載されていますが、本当はパワーダウンしています(中の人曰く、ごめんね・・・と)。

ちなみにこの規制では、スカイラインGT-R(R34)、シルビア(S15)、スープラ(A80)、RX-7(FD3S)とそうそうたる90年代JDMスポーツカーメンバーが市場撤退することとなりました。それを見越して2002年に復活したフェアレディZ(Z33)などもあり、メーカーのブランド戦略が見えるのも面白いところです。


細かい話では、NAからNB前期型まで欧州仕様のみヘッドレストが分割されていたシートも、NBロードスター後期型からは世界統一仕様のインテグラルヘッドレストシート(ヘッドレスト一体型)になりました。このシートはボディサポートの向上だけではなく、乗員頭部保護を行うために座面を上に伸ばしていることが特徴となります。

また、あまり語られることはありませんが後期型ではスポーツABSも仕様変更されて、4輪ごとのより細やかな制御ができるようになりました。特にAT仕様ではNCロードスターで標準装備となるDSC(横滑り防止装置)と近しい制御を行っています。なお、後期型で実現できなかったもので有名なものは「サイドエアバッグ」があり、ドア内装パネルにデザインの意匠が残されています。


さらに、アフォーダブルな存在であることにもこだわっており、基本装備のみとはいえエアコン・エアバッグ付きのNB6Cベース車両(WebTuned)が驚異の164万円(税別)を実現しています。なんとユーノスロードスターより「安い」のです。その一方で、実験的なチャレンジもおこなっており、Web限定でグレードが混成できる「WebTuned」、固定ハードトップの「ロードスタークーペ」、ターボエンジンを搭載した「ロードスターターボ(Mazdaspeed Miata)」なども行われました。

B型エンジンの終焉とともに次世代へ


当時、環境省は大気汚染防止法に基づく「自動車排出ガスの量の許容限度(2003年公示)」を改正しており、2005年以降に販売される全てのクルマに適用されることが決定していました。この改正はディーゼル・ガソリンともに自動車の排出ガスが「世界で最も厳しいレベル」の規制強化となっており、既存のB型エンジンでは基準達成が厳しい状況になっていました。

1987年にデビュしたフォード・フェスティバから始まり、歴代マツダ車のみならずOEM採用までされてきたB型エンジンシリーズは、コンパクトかつ堅牢な鉄ブロックを用いたことで、パワーはそこそこながらも耐久力に大きな定評を持っていました。ロードスターではB6ZE(RS)、BPZE、BP4W、BPZ3(VE)、BPZE(T)と5種類の心臓が採用されていたのですが、奇しくもNBロードスターを最後に18年続いた歴史の幕を降ろすことになったのでした。


なお、この規制に対応したパワーユニットが「MaZda Responsive(マツダ・レスポンシブ)」、通称「MZRエンジン」として完成しており、2002年のマツダ車(アテンザ、アクセラ、デミオ)から順次採用がおこなわれていました。しかし、ロードスターは規制の期限ギリギリの2005年前半まで「最後のB型エンジン搭載車」として販売されたのです。


冒頭にあった「本当にどうしようもなくて変えた」と主査が回顧した通り、ロードスターの歴史は新型MZRエンジンを搭載するNCロードスター(2005年)に引き継がれていくのでした。

なお、NCロードスターの視点からみてNBロードスターが実現できたもの、できなかったものは、以下の通りです。

<実現できたもの>
・アフォーダブルな存在
・ニッチなバリエーション展開
・ボディ剛性の強化
・スポーツカーとしての熟成
・品質・質感の向上

<実現できなかったもの>
・安全要件の向上
・環境規制対応
・スポーツカープラットフォームの汎用化
・ライトウェイトスポーツ・ロジックの可視化

次回に続きます

ロードスターのフルモデルチェンジから逆算する(NC/ND)

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