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ロードスターというクルマを愛し、その文化を紡いできたオーナーとして、そして微力ながらこのミーティングの裏方を支えたスタッフとして。今回は、ひとつの「終わり」についての記録を遺します。
2026年4月12日・・・約18年という長い歳月にわたり、毎月恒例の風景として親しまれてきた、とあるロードスターミーティング(ミーティングOHT(仮称))が、その歴史に幕を下ろしました。もちろんずっと順風満帆だったわけではなく紆余曲折ありつつも、歴代の有志により主催リーダーやスタッフが引き継がれ、近隣地域のロードスターオーナー間では穏やかで牧歌的な集まりとして定着していたイベントでした。
中止の引き金となったのは、管理施設からの「とある通達」と、肥大化し統制が難しくなったコミュニティ運営に対する主催者側の「限界と疲弊」でした。リーダーの下した開催中止という決断は唐突なものではなく、苦渋に満ちたものであり、当然ではありますが、私たちはその決断を尊重しました。
しかし、この18年という月日が私たちに与えてくれたものは、あまりにも大きく、あまりにも温かいものでした。今回は、ひとりのミーティングスタッフとして、この出来事を風化させないための記録を綴りたいと思います。
【追憶】四季折々のオープンエアが教えてくれたもの

振り返れば、ミーティング会場だったあの駐車場には、ロードスターならではの書き尽くせないほどの思い出と、情景が詰まっていました。
春の菜の花と桜吹雪、エアコンが負けそうになる突き刺さるような夏の陽射し、秋の燃えるような紅葉。そして、凍てつくような冬の朝。ミーティングOHT(仮)へ向かう道中、私たちロードスター乗りは、時にやせ我慢をしながらも幌を開け放ちました。
冷たい風を頬に受けながらヒーターを全開にして、シフトチェンジのたびに響くB型、MZR型、そしてSKYACTIVエンジンのメカニカルノイズに耳を澄ませた日曜の早朝、まだクルマの少ない道中でステアリングやシートから伝わってくるインフォメーション。ミーティングに向かうまでの愛車と対話する時間は、走りを楽しむロードスターというクルマにおける最高のプロローグでした。

私自身にとってミーティングOHT(仮)は人生で初めて参加したロードスターイベントでもありました。10年以上前に緊張しながら会場へ足を踏み入れたあの日、そこで待っていたのは、老若男女、世代の垣根を超えた「ロードスター」という共通言語を持つ友人たちでした。
ある人は遠く県外から、時には海外からもこの地を目指してくる。私の子供が小さかった頃は一緒にこのミーティングに参加していたので、友人たちが親戚のように彼女の成長を見守ってくれました(オムツ持参で1歳から参加していたあの子は、今年は高校受験です)。また、ここでは走りの楽しさだけでなく、ロードスター特有のモデファイやトラブルに対する膨大な知見を得ることができ、さらにフリーマーケットによる掘り出し物との出会いや、カメラや登山、模型など、クルマ以外の趣味を分かち合う仲間もできました。

近年こそ大盛況だったミーティングOHT(仮)も、振り返れば雨が降って会場に10台も集まらず、残ったメンバーで「今日は少ないね」と苦笑いしながら缶コーヒーをすすったこともあります。それでも、傘をさしながら「雨漏り対策どうしてる?」なんて他愛のない会話で笑い合えたあの時間。そんな細々とした、けれど血の通った積み重ねが18年という歴史を形作ってきたのです。
コロナ禍以降「自由なオアシス」の価値

少し全体的な振り返りをすると、自動車ミーティング全般の大きな転機といえば、やはりパンデミック以降の流れでしょう。「人生、何が起こるかわからない」という価値観が重視されるようになった近年は、エコの正反対にいたスポーツカーが世界的な市民権を取り戻し、ロードスターも含めた趣味車が息を大きく吹き返しました。
とりわけ、アフターコロナにおけるロードスターのコミュニティはかつてないほどの盛り上がりを見せています。しかし、それに伴って全国各地で開催される中・大規模なミーティングは軒並み「抽選」もしくは「事前登録制」へ移行しました。エントリー開始からわずか数分で満席になることも珍しくなく、抽選に一喜一憂するのがスタンダードになってしまいました。

そんな「息苦しさ」さえ感じるなかで、ミーティングOHT(仮)は結果的に極めて稀有な存在になっていきました。
SNSによる参加表明(エントリー)はありますが、基本的に課されるのは一般的なマナーのみ。当落の心配なく毎月第二週の日曜日にミーティング会場に集まり、語らい、そして満足したら帰る。縛りの少ない「自由参加のオアシス」は、ロードスターの輪が自然と繋がるセーフティーネットといっても過言ではありませんでした。

誰にも縛られず、ただクルマが好きという純粋な気持ちだけで繋がれる場所。それは昭和・平成から続いてきた、古き良きカーカルチャーの最後の残り香だったような気がします。しかし、その「誰でも自由に来られる」最大の魅力が、結果として自らの首を絞めることにもなりました。
4月12日の「最後通告」

今回、ミーティングが終了になったきっかけのひとつは、前月に一部の参加者が、会場の営業開始前に関係者以外立ち入り禁止のルートから侵入したり(不法侵入)、指定外の場所で喫煙するなど、目に余る「マナーの綻び」が施設側へ伝わったことでした。
そういったことが発覚するたびミーティングOHT(仮)のリーダーは、公園施設の管理事務所へ駆け込み平身低頭で謝罪を行っていました。事務所では温情ある言葉をいただきつつも、イベントを継続するには同じ過ちを繰り返してはなりません。なので、その都度主催として口頭やSNSを駆使して参加者へ注意喚起を行っていました。
誤解してはならないのは、今回のトピックはマナー違反をおこなった当事者に対し、悪者として糾弾することが目的ではありません。
誰にでも勘違いや、気が緩んでしまう瞬間はありますし、マナーのレベルは杓子定規で測れるものではないので、そもそも一般常識を知らなかったのかも知れません。だからこそ、次からは間違えないでいただきたいのです。クルマを運転できる年齢であれば「気づいて欲しかった」という本音はありますが・・・

そして運命の4月12日。
この日、唐突に「この集まりの主催者はいますか?」と施設側から呼び出しがかかり、そこで告げられたのはマナー違反の指摘ではありませんでした。センシティブなものになるので詳細は省きますが、実はこれまで一度も指摘されたことのなかった(ある意味黙認されていた)事実を確認され、それが実質的な会場側からの「拒否反応」と同義になりました。
実際、会場に集結したロードスターは(先月の事もあるため)マナーも良く、いつになく盛況なミーティングであったとさえ感じました。
しかし、施設管理の観点では「この規模の不特定多数の集まりを許容しきれない」のか、それとも他の公共施設利用者による「蓄積された不満」が臨界点を超えたのか、そんな指摘を受けたのです。公共施設だからこそ守るべき、ある意味で冷静なフィードバックでした。
そして、その言葉を告げられた瞬間、リーダーはこれ以上のミーティング継続は断念せざるを得ませんでした。愛すべきロードスター乗りの仲間たちではありますが、他人に迷惑をかけてまでこの場所に留まる意味がないからです。長年の歴史は静かに、あっさりと、しかし決定的に幕を下ろしました。
自由の代償、人間的な甘え

ミーティングOHT(仮)の開催可否に関して、リーダーがSNSで綴っていたメッセージに、真理を突いた一文があります。
今回の件で、他の大きいロードスターMTGの様に、事前に抽選で当落などを考えなくてはならないかなとも思いましたが、あまりにもスタッフの負担が増えるので避けたいです。
というわけで、何度も言いますが今まで以上にルール・マナーを遵守お願いします。
ロードスターはオーナーも含めた多様性の塊です。その緩やかで自由な空気感こそが魅力であり、このミーティングOHT(仮)はその「自由」を最大限に尊重し、基本的なマナー(例:空ぶかし禁止、余計なアイドリング禁止、駐車場所の遵守、一般のお客様に迷惑をかけない等々)以外の細かなルールで縛ることを、あえて避けてきました。

しかし、私たち参加者はいつしか「自由」の意味を履き違えていたかも知れません、実際、多くの仲間が集う会場の雰囲気のなかで、社会的な配慮を欠く行為が定期的に発生していたのは事実です。
例えば、マフラーサウンドを自慢していいのはそれを許容するマフラー会社のイベントやサーキットくらいです。耳慣れない爆音は、公園のような公共の場では恐怖や不安を煽る対象でしかありません。それなのにエンジンをかけ、アクセルをあおり轟音を響かせる・・・そんなシーンを見かけるたび、スタッフは当事者に注意をしていました。同じロードスター仲間へ注意を促すのは、言われる方はもちろん、言う方もストレスです。しかし、それ以上に苦労をしていたのはリーダーでした。
え?別に広い駐車場を見つけて勝手に集まればいいじゃん・・・という考え方もあるでしょうが、同じ車種が集団で集まっていると、ロードスターに興味のない人からしたら、「族の集会」のような不安を煽るかもしれません。ミーティングOHT(仮)はロードスター集団にヘイトが集まらないように、「正しいプロセス」を模索し続けていたのです。
・騒音や渋滞に対する周辺住民への配慮
・当日の誘導、トラブル対応、終了後の見回り
・何かあれば「代表者」として矢面に立ち、頭を下げる責任
もちろん、これらはすべてミーティングを継続するために無報酬のボランティアで行われていました。周囲の善意や、リーダーの献身に対して「自分一人くらい、枠をはみ出しても許されるだろう」「他と違うオレ、かっこいい」とフリーライドする人間が増えれば、コミュニティはいずれ崩壊します。その「想像力の欠如」が、内側から居場所を破壊した要因です。
また、自由参加型のミーティングだったので「あそこにいつもロードスターが集まっているらしい」と情報を得て、しれっと相乗りしていたオーナーもいたでしょう。招かざる仲間といったら失礼ですが、そういった方のボランティアに対するリスペクトの欠如を感じるシーンは幾度もありました。
自由なミーティングが成立するためには、参加者全員が「自制心(マナー)」という【見えないルール】を共有していることが絶対条件です。しかし、その輪郭は参加台数の激増と、それに伴う「人間的な甘え」の希釈によって、維持できない領域に達していたのです。
「やる気」と「やめたい」の天秤

こういったイベント主催者の心のなかには、常にふたつの感情が天秤にかかっています。「みんなの笑顔が見たい」「素晴らしい場を提供したい」という純粋な【やる気】と、そして、ルールを守らない一部の参加者の対応や、地域住民・施設管理者への配慮、ネット上の心ない批判によって消耗していく【やめたい】という感情です。
休日の朝早くから現場に立ち、クレームが来れば矢面に立って平謝りする。そんな事が続けば、張り詰めていた糸がプツリと切れてもおかしくありません。
私なら「マナー違反の尻拭いのために、自分のプライベートな時間と精神を削り、赤の他人のために頭を下げるのか」「他人に頭を下げてまで、このイベントを継続する意味などあるのだろうか?」なんて思ってしまいます。
だからこそ振り返れば、リーダーが施設事務所で頭を下げている間、自分は何をしていたのか・・・おんぶにダッコではなかっただろうか。重圧が少しずつ、しかし確実にリーダーの肩に食い込んでいたことに、少しだけしか手を貸せなかった後悔が、今になって大きく押し寄せています。
したがって、ミーティングOHT(仮)が「監視と規制だらけの息苦しい空間」に成り下がる前に、綺麗なまま幕を引く。そんな決断を下したことに、異論を唱えることはありませんでした。
あたりまえは、突然なくなる

私たちロードスターオーナーは洗車をしている時でも、ステアリングを握り公道に出た瞬間も、そしてミーティング会場に足を踏み入れた瞬間も、例外なく「スポーツカー文化」の一端を背負っています。人馬一体を体現するこのオープンカーは(良くも悪くも)一定の目を惹く存在です。だからこそ、私たちの振る舞い一つ一つが、地域社会や世間の評価に直結します。
そして、来月からはあの駐車場に、色とりどりのロードスターが自由に並ぶことはなくなりました。雨の日に数台で苦笑いした日も、晴天の下で溢れんばかりの仲間と笑った日も、冬の朝にやせ我慢してオープンで駆けつけたあの情熱も、すべては「あの頃は良かった」という思い出の彼方にいくでしょう。
しかし、この「喪失」を、単なるミーティングの終了として片付けてはなりません。これは、日本全国で開催されているすべてのクルマ好きの集まりに対する警鐘です。
今、あなたが当たり前のように参加しているミーティング、楽しく利用している駐車場。それは決して「永遠に保証された権利」ではありません。誰かの努力と地域社会の許容、そして参加者全員の「大人の良識」というバランスの上に成り立っている、極めて奇跡的な空間なのです。

いつもの集まりへ向かう前、どうか思い出してください。私たちは決して「お客様」ではなく、(大げさな表現ですが)一人一人が文化の担い手であり、居場所を守るための当事者なのです。
そして、見えないところで汗を流してくれる方々へ「深い感謝」を決して忘れてはいけません。それこそが、この悲しい終わりから私たちが学び取り、次の世代へと繋いでいくべき、真の「ロードスター・スピリット」であると私は信じています。
最後に、18年以上という長きにわたり、私たちに最高のオアシスを提供し続けてくれたリーダー、スタッフ、そしてミーテングOHT(仮)参加者の皆様へ。言葉では尽くせない深い感謝を申し上げます。本当に、お疲れ様でした。

ミーティングの終了が宣言された後、運営には「参加条件を厳しくして継続できないか」「場所を変えてやればいいのでは」といった要望が継続的に寄せられています。それは間違いなく、あの場所が本当に愛されていたコミュニティであった証拠でしょう。
しかし、それは長年の激務で倒れそうになって暖簾(のれん)を下ろした老舗の店主に、「じゃあ隣の町で、会員制にして新しく店を開いてよ」と悪気なくリクエストするようなものでもあります。自動車ミーティングは数十台規模の台数を超えるような集団であれば「クルマを停める場所」のみで成立するものではありません。
そこには、場所を管理する人々との泥臭い信頼関係と、現場を取り仕切るスタッフの精神的な担保が不可欠です。「場所やルールを変えれば済む」と簡単に代替できる問題ではないという本質が、皮肉にもこの終幕のタイミングで浮き彫りになってしまったように感じます。
一方で、このミーティングOHT(仮)を引き合いに出した代替イベントも企画されているようです。「クルマ好き同士で集まりたい」という純粋な熱意や行動力は本当に素晴らしいと思います。私たちがまさに「台数規模と施設の配慮」で限界を迎えて解散した直後に、軽いノリで集まろうとしているわけではないでしょう。
ロードスター乗りの新たな居場所を作るその高い志を継続していただき、施設や地域社会に心から歓迎される素晴らしいイベントとして成功を収めることを、心より祈念いたします。
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