打倒NDロードスター「FT-86オープンコンセプト」

打倒NDロードスター「FT-86オープンコンセプト」

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初代86は久々の新型スポーツカーという事で話題が絶えず、そのひとつにオープンカー計画が存在していました。これらは既にカタログでも予告され、生産計画まで至るも、諸事情からプロジェクトは中止されました。

キャラクターが近いNDロードスターと共演ができず、とても残念です。

ライバルのデビューにロードスター主査が!


2021年に2世代目がデビューする「トヨタ86(GR86)/スバルBRZ」は、スポーツカーファンであれば誰もが期待されているのではないでしょうか。なお、2代目のシャシーは初代からキャリーオーバーされるようで、NAロードスターのNBロードスターの関係に近しいものがあります。個人的にとても気になっています!

さて、時を遡って初代のトヨタ86がデビューしたのが2012年4月。2021年4月には生産終了していますから、約9年間の生産をもって無事に次世代へバトンを渡せたことになります。


ちなみに初代86の開発は2007年からスタートしていたそうで、開発責任者・多田哲哉チーフエンジニア(当時)はトヨタ久々の新規スポーツカーだったこともあり、社内外から情報収集をおこなった話は有名です。その中には、世界で長年愛されるスポーツカー「ロードスター」の開発責任者だった貴島孝雄さんからもアドバイスを得ていました。

その繋がりもあり「トヨタ86」デビュープレミアの際には、貴島さんも会場で祝辞をされています。当時、すでにマツダを退職していたとはいえ「ロードスターの貴島さん」がトヨタのスポーツカーへ壇上からエールを送る姿は、とても衝撃的なニュースでした。

参考)https://mx-5nb.com/2019/11/22/nbmtg2016-3/


そんなこだわりのカタマリである86には様々な開発ストーリーが残されていますが、その中でも秀逸なのがディーラーで配られていたカタログです。

通常の自動車カタログやアクセサリーカタログだけでなく、【プロダクションノーツ】という開発の想いをギュッと濃縮した冊子も配布されていたのです。(ちなみに後期型は「プロダクションガイド」という名で1冊のカタログにまとめられています)

さらに、ガチンコ勝負の予告あり


このプロダクションノーツは、半端なネットニュースや専門誌などを遥かに凌駕する完成度で、このサイトを閲覧される方であれば読みごたえがあると思うので、機会があれば手にすることをお勧めします。

さらに、その中で見逃せない内容が23ページに記載されています。引用をすると・・・

秘められたキャビン

キャビンのデザインは、トヨタ2000GTからのインスピレーションをもとに熟成されていったが、決してそれだけではない。フロントピラーの内側線からルーフ、そしてリアウインドゥのラインは繋がっていないことにお気づきだろうか。さらに、フロントウインドゥとリアウインドゥは、正背面視から見るとカプセルのように閉じた形状になっている。これは将来的なユーザーからの要望を想定し、タルガトップやオープンカーへと進化が遂げやすいよう、秘められたキャビンデザインとしているがゆえである。


86は開発段階からオープンモデルを想定している噂がありましたが、実はデビュー時のカタログでオフィシャルにその存在を示していたのです。販売台数が限られるスポーツカーであれば屋根を開けるバリエーションは想定内ではありますが、明らかな予告をおこなっているのは意外なものでした。

登場が予告された「走る楽しさ」へ最大限のキャラクターを、振った小排気量(2リッターエンジン)のオープンスポーツカーとなると・・・価格帯も想定ユーザーもガチンコ勝負になるのはもちろんロードスターでしょう。新進気鋭のスポーツカーから出たライバル登場宣言は、とても楽しみな情報になりました。

2013年 FT-86 Open concept


そんな86のオープンモデルは想定よりも早く、デビュー翌年(2013年春)のジュネーブモーターショーで華々しく出展されました。その名も「FT-86オープンコンセプト」。

ちなみに「FT」とは富士重工/トヨタといわれることもありますが、公式では「Future Toyota」の略称です。86デビュー前のコンセプトカー(FT-86)にも付けられていたニックネームですね。


このコンセプトカーのテーマは、「86」が持つ運転する楽しさはそのままにコンバーチブルならではの「自然との一体感」を付与する・・・とされています。


ベース車はもちろん「トヨタ86」。白いテーマカラーをもちいて、インテリアにはネイビーブルーにイエローゴールドのステッチで刺し色を配してあります。電動開閉式のソフトトップが採用され、ルーフを開けた時スタイリングの印象が一変するような演出を意図しているそうです。

もちろんAピラー周りは専用設計であり、継ぎ接ぎ感がないのは流石です。


86はもともと4座のスポーツカーですからリアシートもあるのも特徴です。地味に4座のオープンカーは貴重なんですよね・・・


ベース車と同じくドライバーの位置は中央になりますが、ソフトトップを開けたリアビューは若干間延びして見えます・・・が、これは4座オープンカーの味といえるかも知れません。

むしろ、ベースデザイン時点から意図されていたであろうスタイリングは破綻しておらず、セクシーなリアビューであるともいえます。ちなみにソフトトップのカラーもネイビーブルーで、既に電動開閉機構が動作することも確認されていました。つまり「きちんと作っている」ことが分かります。


なお、2013年はNDロードスターのデザイン公開前だったこともあり、この86オープンコンセプトを記憶している方はNBデビュー時に「NDってハチロクに似てね?」ってよくいってました。確かに、キリっとしたヘッドライトと大きめなグリルは、遠目に見ると兄弟にみえてもおかしくありません。横から見ると結構違うんですけどね。

車 名 全長(mm) 全幅(mm) 全高(mm) ホイールベース(mm) 乗車定員(人)
FT-86 Open concept 4,240 1,775 1,270 2,570 4
ND Roadster RF(参考) 3,915 1,735 1,245 2,310 2


もちろん海外だけでなく、国内の「東京モーターショー2013」にて、このコンセプトカーは出展されました。欧州バージョンとの違いは、スポーティカラーの王道であるレッドを進化させた「フラッシュレッド」をエクステリアに採用したことです。


86オープンコンセプトのバリエーション展示があったことでわかるのは、この段階でも既にワンオフではなく、ある程度試作が行われていたことが分かります。


また、国内バージョンのインテリアやソフトトップはグレーにリファインされ、ホワイトバージョンより落ち着いた雰囲気になっています。

また、Aピラーもグレーになっているので、ソフトトップを閉じた際のデザイン的な一体感も高まっていることが分かります。

登場する?まさか販売中止?


華々しくショーデビューした「FT-86オープンコンセプト」ですが、その華やかなキャラクター故なのか継続的に報じられる情報は錯綜をします。実際ジュネーブショー直後になる8月には、一部メディアで下記のように掲示されました。

「サイオン(※トヨタ北米若者向けブランド)『FR-S』(日本名:トヨタ86)のコンバーチブルは、市販化に向けた検討が重ねられてきた。しかし、トヨタは市販化を断念したようだ」

「販売台数が限られるため、開発コストに見合わないことが理由」

しかし、2012年に発売開始した86は、2013年の夏時点で世界販売台数が7万台を突破したとの発表されています(内訳は日本が約30,000台、米国が約21,400台)。ロードスターと比較するのは違うかも知れませんが、世界で36,000台売れればヒットだといわれるスポーツカーですから、売れていないという評価は早計だった気がします。


むしろ、上記報道の後に「上海モーターショー」「東京モーターショー」でもオープンコンセプトは出展されていますし、ソフトトップを閉じた状態のCGデータがリークしたたことから、中止記事はブラフじゃないのか・・・なんてファンのあいだではささやかれていました。

真実は意外なところで明らかに


実際、2014年以降も「86オープンコンセプト」は開発再開/中止の報道が繰り替えされ、待ち望んでいたファンをやきもきさせる事態になっていました。そして86がモデル末期となった2019年、残念ながら「販売されない」確定報道が、意外なところからもたらされました。以下、ベストカーWebより引用です。

新型スープラの開発主査でもある多田氏は、同車の試乗会で、86のオープンモデルについて、次のようにコメントした。

 「(オープン仕様の)86のコンセプトモデルをモーターショーに何回か出しているのはご存じかと思うのですが、あれはほとんど発売直前まで技術的には検討が進んでいたのです」

「それを一緒にやっていたのが『マグナシュタイア』なのです。だから随分付き合いがあって、BMWもマグナシュタイアといろいろ取引があったので、じゃあ(スープラの生産は)ここにしようと」

 マグナシュタイアとは、新型スープラとBMW Z4を生産するオーストリアの自動車製造業者だが、なんと86オープンは実際に生産を見据え、製造業者と話し合いが行われるところまで具体化していたのだ!

参考)→https://bestcarweb.jp/news/scoop/77441

この記事を読み解くと、販売直前まで進めていた86オープンの企画は白紙撤回され、結果スープラへ企画がスライドされたことが分かります。これはトヨタの経営判断によるものなので仕方がありませんが、客観的に考えれば仕方がないかな・・・という部分がもいくつかあります。


まずは価格問題です。

ドイツにあるマグナシュタイアで組み立てるとなると、日本(スバル)で組み立てたベース車体を送り、また輸入することになります。そこで嵩(かさ)むコストは、国内で組み上げる予想価格帯とされた350万~400万を余裕で超えてくることが想定されます。なお、限定仕様の86GRMNや86GRも、群馬から愛知までベース車体を輸送していますが、イレギュラーだらけで大変だったとか・・・

したがって、車格が上になるスープラも視野に入る価格帯(490万~)となるのは、ラインナップとして微妙な立ち位置になってしまうでしょう。むしろ、スープラ自体にもオープン仕様の噂がずっとありますよね。


また、デビュータイミングが合わなかったことも想定されます。

86は2012年のデビューから8年(2サイクル)以上販売を継続する予測がありましたが、その想定通りモデルサイクル後半戦の2016年に後期型へマイナーチェンジされました。オープンモデルがモデルサイクルのカンフル剤とするのであれば、前期型終盤の2015年ないしは2017年あたりが販売タイミングと予想します。

そうなると、繰り返しますが価格帯でもキャラクターでもガチンコでかち合う2リッター・オープンスポーツカーの売れ筋モデルは「ロードスターRF」です。

しかし、ヒットしているとされるNDロードスターですら世界販売の年間実績は3万ちょっとであり、その市場を積極的に狙っていく必要があるのか?というのは素人目でみても疑問です。ちなみに、マグナシュタイアで生産されるスープラはデビューから1年で約1万台がデリバリーされていますが、年間生産台数に上限が設定されているので、量産効果を狙うには厳しいこともわかります。

かつてのトヨタは他社が育てた市場をかっさらう戦略をおこなっていましたが、ロードスター潰しのために競合したMR-Sは、約8年間の世界販売で約8万台(国内販売2万台)と結果を出すことができませんでした。国内外ともに、同時期に現役だったNBロードスターの方が売れていたのです。


これらを加味して、積極的に新規でオープンスポーツカーの市場へ足を踏み入れるにはリスクが存在し、それならば86の「走り」を楽しむキャラクターを進化(深化)させる「GRブランド」で固めていく方が理にかなっています。(同じ理由でライトウェイトスポーツカーのコンセプトカー「S-FR」も中止になったと思われます)。

また、86初期ではFRシャシーの熟成不足により、リアセクションの剛性が厳しかったという事実がありました。それは、2代目86/BRZで大幅にリアセクションを作りこんできた(ねじり剛性50%向上)ことにも表れており、スバルの開発エンジニアも「初代は床板だけで剛性を保つには難しかった」と語っています。オープンカーですからチューニングカーまでの性能は求められないでしょうが、チューナーは「ボディを本気で造りこむにはリアセクションを丸ごと作り直す」という意見もあるくらいです。

もちろん初代86後期型ではリアインナーフェンダーの板厚を上げたり、デフマウントのボルトを改良したりと改善を行っていきましたが、そんな状態のボディで屋根を取り払うと、それなりの補強が行われたことが想定されます。新世代のピュアスポーツを標榜する86シリーズにおいて、走りの面で妥協することは(おそらく)あり得ません。満足のいく作りこみをするにはコストや重量がかさむとなれば、プロジェクトキャンセルになってしまってもおかしくないでしょう。

ただ、完全に諦めたわけではなく、オープンカーの企画はバッジチューンの「GRコペン」に集約されたようです。


ただ、いちスポーツカーファンとしては、華やかなオープンスポーツの世界は眺めているだけでも夢があります。初代86のオープンモデルが中止されてしまったことは残念ですが、同じ日本初のスポーツカーとして2代目GR86/BRZはヒットして欲しいし、オープンカーの世界にチャレンジもしてほしいところです。

今回は、そんな「FT-86オープンコンセプト」のご紹介でした。

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スープラとロードスターの「ハンドリング」を比較する

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