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車重が1t(1,000kg)のロードスターと2t(2,000kg)のアルファードを比べて「どちらが優れているか?」なんて論争はナンセンスな話です。なにせクルマの利用目的が違うだろうし、レビューする方のスタンスにより全然違う意見になってしまいがちだからです。
積載性(ユーティリティ)なんて分かりやすい比較であっても、例えばキャンプ道具を積むとして「最低限(ミニマム)」を楽しむ話と、家族分の荷物や車中泊を求める話で全然変わってきます。
こと「軽さは性能」とするロードスターにおいて、ライトウェイトスポーツカーの軽量化は是とするものではありますが、別のテーマでクルマを評価するシーンでは「重く」することがメリットになります。
現時点のBEV(電気自動車)はボディ底面にバッテリーを敷き詰め見た目以上の重量があり、デメリットとされています。テスラのフラグシップセダン「モデルS Plaid」は重量なんと2,190kg。一方で、モーターユニットは1,020psとうとんでもない馬力により、パワーウェイトレシオは2.14kg/ps、0-100mを2.1秒ととんでもない速さですっ飛んでいきます。もちろん極端な例ですが、実はこのクルマを真っすぐ安定させて走るには、この重量がメリットになっています。
一方で、運動能力(ハンドリング)にこだわるスポーツカーにおいては、軽量化にメリットを見出す文化があります。特に分かりやすい機能向上として軽量ホイールへの履き替えは、(コストの問題以外は)誰でもすぐにできるチューニングとして有効な手段です。
さて、ホイールのようにサスペンションより下に位置する足周りの重量を「ばね下」といいますが、この「ばね下」の軽量化は「ばね上」を軽量化するよりもメリットがあると耳にしたことはありませんか?今回はそれを検証をしていきましょう。
「ばね下重量」のベンチマーク
先ずは釈迦に説法ではありますが、スポーツカーでは定番の「ばね下重量」とはいわゆる足周り・・・サスペンションなどの先にある重量を表す言葉です。つまり「タイヤ、ホイール、ブレーキ」であり、逆に「ばね上重量」は、「ボディ、エンジン」にあたります。
かつて「ばね下重量」は分かりやすい性能アピールであったため、カタログ等で詳細なスペックが掲示されていました。しかし現在は、アルミホイールが純正採用されるのが当たり前になったことから大々的にうたわれることは無くなりました。そこで単純にホイールサイズあたりの重量を調べてみると・・・
14インチ:6kg+5kg=11kg → 4本:44kg
15インチ:8kg+7kg=15kg → 4本:60kg
16インチ:10kg+8kg=18kg → 4本:72kg
17インチ:12kg+10kg=24kg → 4本:88kg
18インチ:14kg+12㎏=26kg → 4本:104kg
※ホイールの素材や製造方法、タイヤのスペック(幅・扁平率・機能性)でも重量は前後します。あくまで参考値としてください。
面白いのは、デザイナブルなアルミホイールがスチールホイール(鉄)よりも「重い」ことが普通にあることです。こと、ロードスターにおいては純正採用ホイールの出来が良く、市販品よりも「真円かつ軽く」仕上がっていたりします。
また、軽量化は大切ではありますが、メーカーでは当然「ばね下」にかかる荷重や乗り味を吟味したチューニングを行っています。クルマの用途に合っていない極端な組合わせは、逆にバランスを崩してフットワークが悪化するのです。
乗り心地は「重く」する事でも改善する
「ばね下重量」を例えるものとしては、木下駄と鉄下駄・・・今は下駄を履く機会はないので、スニーカーと登山靴(安全靴)にイメージを置き換えて考えると分かりやすいです。
スニーカーは足首の関節をフリーにして軽やかにダッシュができますが、重い登山靴でダッシュをすると足を痛めるし怪我の元になります。一方で登山となると話は変わります。登山靴は険しい道でしっかりグリップして安全に頂上を目指せます。堅牢に足首を固定することで、長期間の運動でも関節に疲れを溜めさせないメリットもあります。
このように、靴はシーンによってベストな重量や強度(剛性)が違ってきます。運動性を重視するのか、安定性を重視するかで、足元のスペックで調整できるのはクルマも同じです。ライトウェイトスポーツカーをスニーカーに例えるなら、オフロードは登山靴のような話なのです。
また、クルマに限らずあらゆる乗り物・・・鉄道や船などは「車体(ばね上)」が重いほど、「乗り心地がいい」という前提があります。あらためて、車重約1,000kgのロードスターと約2000kgのアルファードをイメージしてください。
両車とも停車している状態で、ロードスターならば軽くAピラーあたりを押すと車体をグラグラ揺らすことができると思います。しかし、アルファードを揺らそうとすると、どっしり安定しているためそれなりのパワーを使います。両車ともベースグレードのタイヤサイズは16インチであり(厳密には差がありますが)、ばね上重量の差が明確に分かる差ではないでしょうか。
冒頭のテスラの話でもありましたが、ハイパワーなスーパースポーツやプレミアムクラスのクルマは、ばね上だけでなくあえて足周り(ばね下)でも安定させるために、一定以上「重く」なるようにチューニングする傾向があります。
「ばね下重量」増減のメリット/デメリット
繰り返しますが、ばね下重量とはいってもクルマの走り方やキャラクター、スタイルによって求めるものは変わってきます。もちろんメーカーは最適値を目指して途轍もない数のセッティングを試行し、そのうえでオーナーの元に車が届いています。
でも、ライトウェイトスポーツ乗りとしては、やはり気になるのは「ばね下重量」を調整することによる具体的な効果ではないでしょうか。そこで、メリットとデメリットは以下の通りです。
メリット:クルマの安定感が増す
本来クルマが持つ力を路面にしっかり伝えることが出来るためグリップ力が上がり、直進安定性も向上します。
デメリット:制動距離が伸びる
クルマ全体の重量が増えるため、ブレーキやタイヤに負担がかかります。
メリット:クルマが軽快になり、乗り心地が向上する
サスペンションが動きやすくなることで路面の追従性が向上、結果的に乗り心地もよくなり、ハンドリングもシャープになります。また、軽いことにより加減速がスムースになり、ブレーキの負担も軽減されます。また、物理的な軽さは燃費向上に繋がります。
デメリット:やりすぎるとバランスが崩れる
サスペンションはある程度「ばね下荷重」を想定して設計されています。それを大幅に下回る軽量化は逆にバランスを崩して、フットワークが悪化する可能性があります。つまり、軽すぎるがゆえに足周りがバタつく(落ち着かなくなる)のです。
タイヤが接地している時間が長ければ長いほど(宙に浮いている時間が短いほど)、運動性能は高まります。しかし、軽いからといって一概に性能が良くなるという訳でもないのが、クルマの面白さだと思います。
もちろん地球に「重力」が存在する限り、「軽さが性能」であるロードスターのようなライトウェイトスポーツカーは「ばね下重量」の軽減は大きな武器になります。でも、軽量化は絶対的な正義ではなくあくまでバランスなんですね。
ロードスターにおいて有名なチューニングカーとして「M2 1001」があります。当時ノーマル車の足周りは14インチでしたが、軽快感よりも安定性とグリップを稼ぐために15インチ化をおこない、あえて「重い」パナスポーツを履いて(カッコよさもあるだろうけど)バランスを調整していました。
逆にNBロードスター後期型(NB8C)の16インチはオーバースペックであり、15インチにする方がタイムが稼げるのも有名な話ですし、NDロードスターは(商品性の観点もあると思われますが)NBとスペック上は近しくても標準タイヤは16インチになっています。こういった知恵の蓄積や試行錯誤が、いいクルマを生むのでしょう。
ところで、計算は本当なのか?
「ばね下重量」の軽量化が「ばね上重量」の軽量化よりも効果的である理由は、主に車両の運動性能や乗り心地に大きな影響を与えるためになります。具体的な数式や計算方法について説明します。
一般的に「ばね下重量1kgの軽量化は、ばね上重量10kgの軽量化に相当する」とされていますが、エンジニアやチューナーによって蓄積された、あくまでも「経験則」に基づくものです。また、走行条件などの環境でも違いが出るものなので、一概にはいえません。そこで、マイクロソフトのコパイロットさん(AIアシスタントさん)に協力をいただきつつ、根拠を計算してみました。
以下のトピックは計算式が絡むので読み飛ばしてもらって大丈夫ですが、結果を先に記載しておきます。
車重1000kgに固定して、ロードスターのスペックで「ばね下(タイヤ・ホイール)」を10kg軽量化するのと、「ばね上」を10kg軽量化した時の差を計算してみました。10kgというのは極端な数値にみえますが、具体的にはインチダウンで達成できる数値ということで、ベンチマークにしています。
結果として、ロードスターを想定するスペックでは「ばね下」の軽量化が「ばね上」と比較して、約5倍の運動性能向上が見込める計算結果が出せました。
「ばね上/ばね下」軽量化の具体的な計算
ここから先はロジックの解説なので、興味のある方のみお読みください
<前提条件>
ばね上重量(Sprung Weight)
車体の上部に位置する重量(ボディ、エンジンなど)。
ばね下重量(Unsprung Weight)
サスペンションより下に位置する重量(タイヤ、ホイール、ブレーキなど)。
車両の運動方程式において、ばね下重量は慣性質量として作用します。軽量化することで、サスペンションの動きがより迅速になり、路面追従性が向上します。
F=ma
( F ): 力
( m ): 質量(ばね下重量)
( a ): 加速度
<基本的なモデル>
サスペンションの動的応答を評価するために、以下のようなモデルを使用します。
( m_s ): ばね上重量
( m_u ): ばね下重量
( c ): ダンパーの減衰係数
( k ): サスペンションのばね定数
( k_t ): タイヤのばね定数
( x_s ): ばね上の変位
( x_u ): ばね下の変位
( F_t ): 路面からの入力力
伝達関数の導出
上記の方程式をラプラス変換して伝達関数を導出します。
周波数応答の解析
伝達関数を用いて、周波数応答を解析します。特に、ばね下重量 ( m_u ) の変化がシステムの共振周波数や減衰特性に与える影響を評価します。
・ダンパー減衰係数 ( c ): 2000 Ns/m(伸び1200 Ns/m + 縮み800 Ns/m)
・フロントサスペンションのばね定数 ( k_f ): 28.4 N/mm = 28400 N/m
・リアサスペンションのばね定数 ( k_r ): 21.6 N/mm = 21600 N/m
②ばね下軽量化 ばね上重量:1000kg ばね下重量:70kg(-10kg)
③ばね上軽量化 ばね上重量:990kg(-10kg)ばね下重量:80kg
※NBロードスター仕様に準ずる
共振周波数の変化を具体的に計算してみましょう。共振周波数 ( f ) は以下の式で求められます。
ここで、( k ) はサスペンションのばね定数、( m ) は質量です。
フロントサスペンションの共振周波数
基準: ( f_f = \frac{1}{2\pi} \sqrt{\frac{28400}{1000}} \approx 0.85 \text{ Hz} )
軽量化後: ( f_f = \frac{1}{2\pi} \sqrt{\frac{28400}{990}} \approx 0.86 \text{ Hz} )
変化率: ( \frac{0.86}{0.85} \approx 1.012 )(約1.2%増加)
リアサスペンションの共振周波数
基準: ( f_r = \frac{1}{2\pi} \sqrt{\frac{21600}{1000}} \approx 0.74 \text{ Hz} )
軽量化後: ( f_r = \frac{1}{2\pi} \sqrt{\frac{21600}{990}} \approx 0.75 \text{ Hz} )
変化率: ( \frac{0.75}{0.74} \approx 1.014 )(約1.4%増加)
「ばね上/ばね下」軽量化の結果を比較する
フロントサスペンション
ばね下重量軽量化: 約6.8%増加
ばね上重量軽量化: 約1.2%増加
差: ( \frac{6.8}{1.2} \approx 5.67 )(約5.7倍)
リアサスペンション
ばね下重量軽量化: 約6.5%増加
ばね上重量軽量化: 約1.4%増加
差: ( \frac{6.5}{1.4} \approx 4.64 )(約4.6倍)
このように、ばね下重量の軽量化がばね上重量の軽量化に比べて、フロントサスペンションでは約5.7倍、リアサスペンションでは約4.6倍の効果があることがわかります。
( m_u ) が80kgから70kgに減少すると、伝達関数 ( H(s) ) の分母の ( m_u ) が減少し、共振周波数が高くなり、サスペンションの応答が速くなり、路面追従性が向上します。
ばね上重量の軽量化
( m_s ) が1000kgから990kgに減少すると、車両全体の慣性質量は減少しますが、サスペンションの動的応答には直接的な影響は少ないようです。
ばね下重量の軽量化は車両の運動性能や乗り心地に大きな影響を与えるため、非常に効果的とされています。ただし、具体的な数式や計算方法は車両の設計やシミュレーションにより異なることもあるので、あくまで参考としてください。
なお、1kg軽量化のみの比較計算結果では共振周波数に大きな変化は見られませんでした。「バネ下重量を1kg軽量化すると、バネ上重量10kgの軽量化」という絶対的な根拠にはなりませんでしたが、パラメータによっては視野に入るのかも知れません。
また、軽量化の効果自体はハンドリングや燃費の向上など、他の性能面で現れるのでエモーショナルな「乗り味」の改善において効果的であるといえるでしょう。「ばね下重量」こだわると面白い結果が出るかも知れませんね!
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