平井氏が日本自動車殿堂2020にて殿堂入り!

平井氏が日本自動車殿堂2020にて殿堂入り!

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日本自動車殿堂とは

日本移動者殿堂(JAHFA)は、「日本における自動車産業・学術・文化などの発展に寄与し、豊かな自動車社会の構築に貢献した人々の偉業を讃え、殿堂入りとして顕彰し、永く後世に伝承してゆくことを主な活動とする」とされる、特定非営利活動法人(NPO)です。

この法人は、日本における自動車産業・学術・文化などの発展に寄与し、豊かな自動車社会の構築に貢献した人々の偉業を讃え、殿堂入りとして顕彰し、永く後世に伝承してゆくことを主な活動とされています。

その会員は国産自動車メーカーをはじめ、歴史のあるオーナーズクラブやもとエンジニア、ジャーナリスト、工学博士など名だたるメンバーが連ねています。

以下、ホームページより引用

現在、日本の自動車産業は、その生産量や性能・品質など世界の水準を凌駕するに至り、わが国の産業の範としてその地位を得ているが、当初は欧米の自動車技術や産業を学ぶところからの出発であった。周辺の関連産業分野を含め、自動車は高度な工業製品であるが、これを先人たちは様々な工夫と叡智によって切り拓いてきた。

しかし、こうした努力の足跡は時の経過とともに埋もれ、その多くが忘れ去られようとしている。優れた自動車の産業・学術・文化などに情熱を傾けた人々と、その偉業を永く後世に伝承してゆくことは、この時期にめぐり合わせた我々の務めであるといえよう。

技術立国と呼ばれるわが国にあって、その未来を担う青少年たちが、有用な技術の成果に目を向け、技術力や創造性の大切さ、発明や工夫の面白さを認識するためにも、この活動は意義あるものと考える。これこそが日本自動車殿堂が目指すところである。

参考リンク→http://www.jahfa.jp/

2019歴史遺産車「ユーノスロードスター」


ロードスター30周年を迎えた2019年、初代NAロードスター(ユーノスロードスター)は、歴史遺産車として認定をされています。

ユーノスロードスターのプレスリリースはこちら

このサイトを閲覧される方であれば、初代ロードスターに関するレジェンドは語るまでもないでしょう。なお、歴史遺産車のなかには、なじみの大先輩コスモスポーツもいますが、30年以上前のモデルとはいえ、ロードスターが飛びぬけて「新しい」クルマなのもポイントです。

JAHFA歴史遺産車リストはこちら

2020 日本自動車殿堂 平井敏彦氏


そして本年度、いわずと知れたロードスターの初代主査、平井敏彦氏が殿堂者として発表されました。

以下、ホームページより引用

自動車文化に貢献した初代ロードスターの開発責任者

平井 敏彦(ひらい・としひこ)氏は、オープンスポーツカーの新たな市場創りにマツダ「ロードスター」を開発・投入し、運転の楽しさやオープンカーの魅力を再び世界に訴え、2人乗り小型オープンスポーツカー世界一の累計生産台数樹立の源流となりました。その偉業をたたえ永く伝承して参ります。

→平井氏受賞のプレスリリースはこちら

平井敏彦氏 受賞コメント

(受賞コメント映像より引用)

この度は、日本自動車殿堂に選出していただきありがとうございます。

今思い出すのに、当時、山本健一社長からライトウェイトスポーツカー開発主査を拝命いただいたとき脳裏をかすめたのは、本当にオープンツーシーターのライトウェイトスポーツカーを作れるか、ということでした。

手厳しいコスト制約のなかで、まずは助けてくれる仲間たち、貴島君らエンジニア十数名を一ヵ所に集めました。与えられた場所は、川沿いのデザイン棟倉庫で窓もなく、皆リバーサイドホテルと呼んでいました。社内では「今更こんなもの作っても売れるか」という疑問視する声が沢山上がっていて、そのリバーサイドホテルをドア越しで覗き見されていたのを思い出します。

表向きは強気の姿勢で通しましたが本当は不安で、家族や仲間たちに助けてもらったことも多々ありました。妻に、このプログラムが失敗したらクビになるかもというと、「やめていいよ、いいから自分の意志は貫いてね」と、メンバーからは「売れなかったら、みんなで売りに行こうよ。平井さんも、ここにいるメンバーもセールス出向経験者だから」と、笑いながら励ましてくれました。

我々の商品化への基本スタンスは、お客様にお求めやすい価格で、運転の楽しい、人馬一体感のあるクルマを提供することでした。昨年ロードスターは30周年を迎えました。現行の4代目まで繋いでくれたマツダの後輩たちに、敬意と感謝を申し上げます。

また、松田恒次さん、山本健一さんと同じ殿堂に入れていただいたこと、そして昨年はロードスターを日本自動車殿堂・歴史遺産車に選んでいただいたことも合わせて、心から感謝申し上げます。

平井敏彦

そして、次世代へ

様々な場で語られる平坦なものではなかった開発秘話もありますが、それを超える情熱をもってこのクルマを作り上げた偉業は、ロードスターの「楽しさ」という恩恵を受ける我々ロードスター乗りとしては、とてもうれしいニュースではないでしょうか。


個人的には、2代目主査の貴島さんからお聞きした話が、本当に心に残っています・・・

平井さんは社長ではなくとも役員になれるくらいの貢献をした方だった。貢献と会社のポジションは違うという事かもしれない。ディーラー出向時代にボロクソにいわれ、その反骨心からプロジェクトに手を挙げた。全て反対されている状況の中で、どう完成への道を切り開いていったか。

彼自身の人間ドラマが、十分人を感激させるものであった。

参考→https://mx-5nb.com/2020/05/01/kijima2018-2/

上記の言葉は清書されているものであり、そのときの貴島さんの「声」を思い出すと、平井氏は心から後継者にリスペクトされ、その精神が今のロードスターに繋がっているとも感じてしまいます。

平井氏は「日本の自動車文化をこのクルマに託して伝えたいと思い開発してきた」という言葉を残されているそうです。ともあれ、本サイトもその偉業をたたえ、そして喜びたいと思います!

関連情報→

【NB20th】血を流す思いで作った、初代ロードスター(E-2)

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